
筑波大学の矢田幸博教授が主体となって実施された、「認知症リスク測定会」。約500人の高齢者を対象に測定を行い、認知症の疑いなどさまざまな症状を示す高齢者に対し、民間企業3社の商材による介入試験を実施。認知機能に影響するとされる「水素吸引器」、頻尿・軽失禁に対処する「紙おむつ」、睡眠効果が期待される「紅茶」を希望者に使ってもらい、その効果を検証した。
鹿児島県西之表市 の取り組み
民間企業が介入することで 「改善」にまで踏み込んだ認知症対策
日本全体で「2060年には高齢化率が40%程度になる」と予想されるなか、西之表市(鹿児島県)では、2025年との予想に。同市では健康寿命の延伸に向けた取り組みが急務であり、その一環として「認知症リスク測定会」を平成29年に実施したことを『自治体通信』16号で紹介した。同市の担当者ふたりに、その後の取り組みについて聞いた。
※下記は自治体通信 Vol.17(2019年4月号)から抜粋・一部修正し、記事は取材時のものです。
鹿児島県西之表市データ
人口: 1万5,390人(平成31年2月末現在) 世帯数: 8,056世帯(平成31年2月末現在) 予算規模: 148億3,379万6,000円(平成30年度当初予算) 面積: 205.66km²概要: ロケット基地を有する種子島の北部に位置し、東・西・北は海に面し、南は中種子町と接しており、島の総面積の約45%を占めている。歴史は古く、縄文・弥生時代の遺物が出土。鉄砲伝来の地であり、最近ではサーフィンの聖地として有名。農業、漁業といった第一次産業が盛んで、安納いもの発祥地であり、さとうきびを原料とする黒糖や焼酎、トコブシ、トビウオなどの海産物も豊富であり、『種子(たね)ばさみ』は特産品。
―測定会の後、住民の健康増進に向けての意識は変わりましたか。
山中:西之表市全体で「どう変わったか」という判断は難しいですが、測定会に参加し、矢田先生からカウンセリングを受けた高齢者からは「どういうところに気をつけなければいけないかを知ることができた」という話は、個人的には聞いています。
森:認知症の人やその家族、あるいは認知症に関心がある人を対象に、お茶を飲みながら語り合う「認知症カフェ」という集いを2ヵ月に1度開催しているのですが、毎回約30人が参加。そうした参加者は、少しずつですが増えているのではないでしょうか。
そのほか、地域サロンや体操教室など、ボランティアを含めた参加者も増えていますので、地域の輪は広まりつつあると思います。
介入試験の結果を活かした市ならではの取り組みを
―健康増進における今後の方針を教えてください。
山中:現在、介入試験の結果分析を矢田先生に行ってもらっているところです。そのデータ結果があきらかになれば、市が高齢者に推奨している「元気アップ体操」に組み合わせるなど、新たな取り組みに活かしていきたいと思います。
森:まだ正式な結果報告は受けていませんが、おそらく水素吸引や紅茶の香り、紙おむつの使用で、症状になんらかの影響が出ている人が現れていると思うんですね。そうした高齢者の協力をえて事例として発表するなど、健康増進の取り組みを広く伝えていけるのではと考えています。
我々がどんな取り組みをしても、最終的に住民の意識が高まらなければ、本当の健康増進にはつながっていきません。こうした介入試験も含め、引き続き住民の意識を高める取り組みを行っていきます。

測定会に参加し、認知機能対策のために現在も「水素吸引」を行っている高齢者に話を聞いた。
※内容は個人の感想です
神奈川県鎌倉市の取り組み

職員のケアに取り組むことで市民への健康啓発につなげたい
西之表市(鹿児島県)では、認知症対策として高齢者を対象に実施されていた水素吸引。一方、鎌倉市(神奈川県)では、職員を対象にした「健康保持増進事業」として水素吸引が活用されている。同市の担当者ふたりに、健康保持増進事業に取り組んでいる背景や、具体的なプロセスなどを聞いた。
※下記は自治体通信 Vol.17(2019年4月号)から抜粋・一部修正し、記事は取材時のものです。
神奈川県鎌倉市データ
人口:17万2,227人(平成31年2月1日現在) 世帯数:7万4,341世帯(平成31年2月1日現在)予算規模:1,074億603万円(平成30年度当初予算) 面積:39.53km²概要:神奈川県の南東部、三浦半島のつけ根に位置する。東京・横浜のベッドタウンとして発展を続けてきたほか、鶴岡八幡宮や鎌倉大仏(高徳院)など由緒ある社寺仏閣を多数有する歴史・文化都市としても有名。平成28年度には『「いざ、鎌倉」~ 歴史と文化が描くモザイク画のまちへ ~』として日本遺産に認定された。海沿いでは江ノ電が走り、内陸部には閑静な住宅街があり、駅周辺では活気あふれる商店街が広がっている。
―鎌倉市の職員に向けた「健康保持増進事業」に取り組んでいる背景を教えてください。
保住:ご存じのとおり、近年は生活習慣病やメンタル疾患にかかる人が増加傾向にあり、民間企業だけでなく自治体でも職員の健康管理を行っていくことが重要になっています。本市においてもその例にもれず、メンタル不調による休職者がここ10年くらい高い割合で推移しています。そのため、メンタルヘルス対策に重点を置きながら、職員の健康管理に取り組んでいます。
河野:具体的には、メンタルヘルス研修を行ったり、産業医や臨床心理士による相談事業やストレスチェックの分析をもとに職場環境改善に取り組んでいます。
―そうしたなか、職員に水素吸引を実施したきっかけはなんだったのですか。
保住:別のセクションから、「職員に対して水素吸引を実施してはどうか」という話があったんです。さらに、実際に測定して結果をフィードバックしてもらえるということでした。
河野:職員にも話をしたところ、「水素がなんとなく身体にいい」ということをあらかじめ伝え聞いている人もいて、「ぜひやってみたい」という意見が多かったんです。そのため、職員の健康保持増進の一環で市として実施することにしたのです。
最長5ヵ月超にわたって水素吸引を実施
―具体的にどのように進めていったのでしょう。
河野:職員を対象に、希望者を公募しました。水素吸引器の開発メーカーから「データを取るために幅広い年齢層に使ってほしい」という要望があり、結果的に30~40代が約50人、再任用の方も含めた50~60代が約50人の合計約100人が集まりました。みなさん、非常に興味をもたれていましたね。
保住:平成30年の7月半ばから開始し、2ヵ月間を基本にしつつ、希望者には最長5ヵ月超にわたって水素吸引を実施。期間中は検査員の方が一人ひとりと面談し、脳ストレス測定や認知機能チェックなどさまざまな測定を行ってもらいました。
―一連の取り組みでどのような効果を期待していますか。
河野:測定結果が出るのはこれからですが、なんらかの効果が出ることを期待しています。
保住:実際に測定結果が出て、なんらかの影響があるということがわかれば、健康づくりのツールとして職員間で認知されていくのでは、と考えています。
また、この取り組みで、個々人における心身の健康状態を向上させていくための自己管理につながれば、と。やはり「自身で健康を維持していこう」という気持ちがいちばん大事ですから。
さらに定年延長により、60代、さらには70代といった方たちの人材活用が今後はより重視されます。そうした方たちに引き続き、元気で健康に働いてもらえることが市としても非常に大切。そうした一助になれば、ありがたいですね。
―「健康保持増進事業」における今後の方針を教えてください。
保住:やはり、職員の「意識啓発」が大事だと思っています。さらに市の職員が元気でいることが、市民に対する健康への啓発につながっていきますから。そのための取り組みを行っていきたいですね。
滋賀県の取り組み

地域住民の方にもご利用いただけるプログラムを目指して
※下記は自治体通信 Vol.17(2019年4月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
―「糖尿病予防プログラム」の開発経緯を教えてください。
須永 当社はこれまで、約30の自治体と包括連携協定を結び、保険会社として課題解決を支援してきました。そのなかで、多くの自治体が職員を含めた地域住民の健康増進に課題を感じています。 特に糖尿病は早期の対策が必要な重要疾患のひとつ。そこで日本生命病院の知見も活かし、予防プログラムを開発しました。
―プログラムの特徴はどこにありますか。
前田 最大の特徴は、ICTの成果を最大限に活用しながらも、「保健指導は画面を通じて保健師が親身に行う」といった、アナログ的な対応も組み合わせている点です。「利便性」のみならず、従来の予防対策で課題となっていた「継続性」も高まることが期待できます。
―今後、どのように自治体を支援していきますか。
須永 今回トライアル事業を進めている滋賀県以外にも、現在複数の自治体でトライアル事業が進行中です。なかには、地域住民の方を対象にしたトライアル事業も予定しています。 前田 県庁職員のみならず、地域住民の方にも幅広
須永 康資(すなが やすし)プロフィール
群馬県生まれ。平成16年、日本生命保険相互会社に入社。平成28年から現職。
前田 健次(まえだ けんじ)プロフィール
香川県生まれ。平成20年、日本生命保険相互会社に入社。平成29年から現職。
日本生命保険相互会社
創立 | 明治22年7月 |
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従業員数 | 7万1,871人(うち内勤職員1万9,515人) |
事業内容 | 生命保険業、付随業務・その他の業務 |
URL | https://www.nissay.co.jp/ |
お問い合わせ電話番号 | 0120-201-021 (月~金 9:00~18:00、土 9:00~17:00 祝日・12/31~1/3を除く) |
識者の見解

ケーススタディを世に広めて健康増進の具体法を浸透させる
西之表市(鹿児島県)が実施した、「認知症リスク測定会」。鎌倉市(神奈川県)が行った職員を対象にした「健康保持増進事業」。そのふたつの取り組みを取りまとめているのが、筑波大学教授の矢田氏である。このページでは同氏に、ふたつの取り組みを通じた健康増進の可能性を聞いた。
※下記は自治体通信 Vol.17(2019年4月号)から抜粋・一部修正し、記事は取材時のものです。

―まずは、西之表市での取り組みを振り返ってください。
「認知症リスク測定会」で重要だったのは、なんらかの症状がみられる高齢者に対し、民間企業の協力をえて「水素吸引」「紙おむつの装着」「紅茶の香りを嗅ぐ」といった介入試験を実施。参加者の症状や希望に沿ってその3つのいずれかを一定期間行ってもらい、改善がみられたかどうかを調査したことです。それも感覚的に「使用してよかった、悪かった」ではなく、科学的に効果を検証している点も大きなポイント。
平成31年、3月2・3日に東北大学で開催された「第20回日本健康支援学会年次学術大会」で報告したのですが、よい効果が出ていました。
―認知症の対策を行ううえで重要なことはなんですか。
MCI(※)といわれている軽度認知障害のとき、あるいは、さらにそれより前のプレクリニカル(超早期)の時期に、いかに改善を図るかですね。認知症は、正常の状態から徐々に認知機能が低下していき、徐々に重症化していくもの。そして、ある程度重症化すると、残念ながら引き返せない。認知症を発症した後の治療も大事ですが、その前の段階でいかに食い止めるかが重要なんです。
※MCI:Mild Cognitive Impairmentの略
日本人の低い健康基準 その課題に立ち向かう
―鎌倉市の取り組みについてはいかがでしょう。
こちらは、水素吸引に特化し、ストレスや認知機能などに対する「職員に向けての有効性評価」という観点で実施。30代から40代の約50人、50代から60代の約50人に使用していただき、結果測定は前者をストレス疲労、後者は認知機能を中心に科学的根拠にもとづいてチェックを行いました。こちらも検証データを最終的にまとめているところですが、結果の一部は、6月14~16日に横浜市で開催される「第19回日本抗加齢医学会」にて発表する予定です。
―両市の事例をふまえたうえで、今後の方針を教えてください。
西之表市と鎌倉市にかんしては、いいケーススタディになったと思っています。今後はこうした結果を、国民に広めていく段階にきているのかなと感じています。
日本は世界とくらべても超高齢社会ですので認知機能が低く、睡眠の質も悪く、高ストレスの人が多いんです。まだ道半ばですが、そうした課題に立ち向かうためにも、こうした取り組みの結果を世に発信していきたいですね。
矢田 幸博(やだ ゆきひろ)プロフィール
昭和59年、花王石鹸株式会社(現:花王株式会社)に入社。皮膚生理機能にかんする基礎研究に従事する。世界で初めて「紫外線による皮膚の黒化機構の解明」「アトピー性皮膚炎の皮膚脂質代謝の解明」などを行う。この間、留学を経て、平成4年に学位習得(医学)。平成22年より主席研究員。筑波大学大学院グローバル教育院 ヒューマンバイオロジー学位プログラムの教授を兼任。統合生理学(中枢機能~自律神経系機能~末梢機能)、皮膚生理学(皮膚関連細胞の機能解析、皮膚老化)、生化学(細胞内情報伝達系機構の解析、生体成分分析)などを専門に数々の論文を発表し、セミナーを実施している。
