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先進事例2020.12.02

AI搭載機器が実現する、視覚障害者の「読書バリアフリー」

AI搭載機器が実現する、視覚障害者の「読書バリアフリー」

東京都豊島区

視覚障害者支援

AI搭載機器が実現する、視覚障害者の「読書バリアフリー」

豊島区立中央図書館 館長 大須賀 裕子
豊島区長 高野 之夫
豊島区立中央図書館 職員 田中主任

※下記は自治体通信 Vol.21(2019年12月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。


今年6月、国会において「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」、いわゆる「読書バリアフリー法」が可決、成立した。今後、国や自治体は、視覚障害者等の読書環境を整備する施策を策定・実施する責務をもつことになる。この動きに先駆け、早くから視覚障害者支援に取り組んできたのが、豊島区(東京都)である。同区での取り組みなどについて、担当者に聞いた。

豊島区データ
人口:28万9,817人(令和元年10月1日現在) / 世帯数:18万326世帯(令和元年10月1日現在) / 予算規模:2,078億5,100万円(令和元年度当初) / 面積:13.01km² / 概要:昭和7年10月、東京市郡合併により近郊82ヵ町村が東京市に編入され、新たに20区が設けられた際に誕生。それまで北豊島郡下にあった巣鴨町・西巣鴨町・長崎町・高田町の4つの町が統合されたもので、以降、今日までその区域に大きな変化はない。区名については、4町協議の結果、北豊島郡がなくなることから、この郡の中心にあたるこの区に、その由緒ある名前を残すことが決められ、「豊島区」が誕生した。
豊島区立中央図書館
館長
大須賀 裕子おおすが ゆうこ

新しい技術や機器の、積極的な活用も重要に

―豊島区ではこれまで、どのような視覚障害者支援を実施してきたのでしょう。

 もっとも代表的な施策が、点字図書館「ひかり文庫」の整備です。来年、設立50年を迎える歴史があり、「視覚障害者情報提供施設」として国の認可を受けています。ここでは、対面朗読の支援のほか、ボランティアによる点訳や音訳等の資料制作、さらには資料制作のための人材育成も担っています。そのため、利用者は区民だけではなく、全国の視覚障害者の方々にも資料を提供しています。

―今年6月から、読書バリアフリー法が施行されています。

 これにより、視覚障害者の読書環境がさらに整備されることを期待していますし、その責務も感じています。全国の私立・公立の図書館における蔵書数は4億2,000万部といわれているのに対して、点字など視覚障害者に対応した資料は現状、100万部程度。点字等資料は制作に大変な手間と時間がかかることが背景にあります。同法の施行によって、このギャップを少しでも埋める環境が整えば望ましいです。

 しかし、現実にはまだまだ時間を要するでしょう。そこで、視覚障害者が蔵書や文書を読むための支援策として、また、点字の読めない方への支援策として、新しい技術や機器を積極的に活用することも重要だと考えています。そこで当館では、AIを搭載した視覚支援デバイスに注目し、この9月から試験導入することを決めました。

「すぐに読める」「ひとりで読める」

―どのようなデバイスですか。

 眼鏡に取りつけ、指で示すだけで、カメラが文字を認識し、合成音声で読み上げてくれるデバイスです。これを活用できれば、点訳等されていない新刊図書や毎週発刊される雑誌なども手にできます。いまの情報化社会のスピード感に少しでも対応できるのではないでしょうか。また、図書以外にも個人宛の文書なども従来とは違い、人手を借りずにある程度読むことができます。このデバイスは、「すぐに読める」ことと「ひとりで読める」ことが大きな価値だと感じます。

―視覚障害者が手にできる資料の幅が一気に広がりますね。

 そう期待しています。さらに、図書館利用者のみならず、点字図書館で働く視覚障害者の職員にも利用してもらいたいですね。一般の文書をひとりで読むことができるので、事務効率もあがりますし、視覚障害児や発達障害児の学習支援にも有効でしょう。活用の幅はとても広いです。

豊島区長
高野 之夫たかの ゆきお

視覚障害者の安全対策は、豊島区の重要施策

 豊島区は平成24年11月、世界保健機関(WHO)が推奨する安全・安心まちづくりの国際認証「セーフコミュニティ」を取得した、日本で5番目の自治体となりました。この国際認証を受けるにあたり、区が施策テーマとして進めてきたのが「障害者の安全」です。なかでも、視覚障害者の安全は、区の調査からも特に重要との認識をもっており、「まちのバリアフリー」「情報のバリアフリー」「こころのバリアフリー」という3つのテーマで施策を「オールとしま」で展開してきました。

 このうち、「情報のバリアフリー」については、図書館を文化・情報・学習の拠点と位置づけ、約50年の歴史をもつ点字図書館の充実に努めてきました。しかし、私はいまの視覚障害者の文化・情報へのアクセス環境に満足していません。そのような折、今回、豊島区立中央図書館で試験導入したAI視覚支援デバイスには大きな期待をしています。

 このデバイスによって、視覚障害者の方々は、支援者の手を借りることなく、自分の好きな時間に、好きな場所で、好きな図書や文書を読むことができ、機種によっては、人物や色も判別することができるとも聞いております。今後、まちで利用することで、視覚障害者の安全対策にも貢献できるでしょう。

 平成26年5月、日本創生会議から「消滅可能性都市」と指摘を受けた豊島区は「持続発展都市」としての取り組みを着実に進めています。視覚障害者支援は重要施策のひとつと位置づけており、その一策としてAI視覚支援デバイスの活用も進めてまいります。

豊島区立中央図書館
職員
田中主任

機器の軽さと読み取り速度の速さが、強く印象に

 使用してみた際の最初の印象は、その「軽さ」でした。パソコンやスキャナーといった周辺機器が一切必要なく、装着での違和感はほとんどありませんでした。実際に書籍で試してみましたが、読み取り精度は高く、読み取る時間も従来の機器に比べて圧倒的に早かったですね。私は図書館でどの本を点字・録音図書等に制作するかを決める「選書」の役割も務めているので、書籍を読む必要があります。このデバイスを使って、他の職員に補助を頼むことなく、ひとりで資料を読めるようになれば、業務の効率はあがると期待しています。

豊島区が試験導入したAI視覚支援デバイスは、すでに全国で利用者が手にし、その革新的な効果に驚きの声をあげている。ここでは、音楽家として活躍する前川さん、新聞記者の岩下さんの2人に取材。このデバイスの機能性や革新性、さらにはデバイスに対する期待などを語ってもらった。

音楽家
前川 裕美さんまえかわ ゆみ

こんな小さな1台に、多くの機能が集約

―音楽家として、これまでどのように視覚障害をカバーしていたのですか。

 6年前に全盲になってからは、聴力を頼りに曲を覚え、時には友人に「まずは右手」「次は左手」と録音してもらったものを暗譜しています。また、最近はスマホやタブレットで文字や画像を認識するアプリが公開されているので、そうしたツールも使っています。そんななか、ある展示会で知ったのが外資スタートアップが提供しているAI視覚支援デバイスでした。日本でのアンバサダーを募集しているということで、デバイスを使用してみたんです。

―利用した感想はどうですか。

 この小さな1台に、多くの機能が集約されていることに驚きました。文字の読み取り、色やお札の判別、顔の認識、合成音声の発話など、それぞれの機能を別々に提供してくれるデバイスはありましたが、読み取り精度もまちまちで使用環境も制約が多かったですから。過去の楽譜のタイトルを読ませて、資料整理などに活用しています。ここ数年は、私にとって書類=「紙ゴミ」になりかけていましたが、この機器のおかげで過去の大量の楽譜が貴重な財産に生まれ変わったんです。この機器を使うことで、視力を失う前、文字を読むことが好きだった自分を思い出しました。定期的なアップデートもあるので、つねに最新機能が使えるのもうれしいですね。将来的に楽譜も読めるようになれば、活動の幅がさらに広がりそうです。

毎日新聞
編集編成局デジタル編集グループ ユニバーサロン編集長
岩下 恭士さんいわした やすし

「視覚障害者の日常生活用具」として自治体の給付対象に

―このデバイスを知ったきっかけはなんでしたか。

 海外のニュースサイトでこのデバイスの存在を知りました。これまで、類似品を使っていたのですが、インターネット接続が必要で、配線の設定も面倒であったりと、ハード面でのセッティングが面倒だったので、興味をもちました。早速、デバイスを出している民間企業の日本事務所を取材し、資料を入手。自治体による給付金を受けるため、渋谷区障害福祉課を訪問し、このデバイスが給付対象になるかどうか相談しました。すると、「視覚障害の日常生活用具に該当する」との判断をもらい、自治体の補助を受けて購入しました。

―使用してみての感想を聞かせてください。

 最大の特徴は、ハンズフリーになる点です。われわれは歩行時に白杖をもつため、デバイスを装着しても両手が使える状態を保てるのは、大変にありがたい。一日中、装着して使っています。もちろん、機能も優れており、これまで使っていたOCR(光学式文字認識装置)に比べ、格段に読み取り精度は高いですね。人を認識してくれるので、電車のホームでは周囲の人との接触を避けられるようになりました。今後、車や自転車まで認識してくれると、さらに安心ですね。

株式会社システムギアビジョン
福祉・医療機器事業部 国内エリアマネージャー 営業マネージャー
白潟 仁しらかた さとし

日常生活用具への給付は、視覚障害者支援の有効な手段

―AI視覚支援デバイスをどう評価していますか。

 とても画期的なデバイスと評価しています。従来の文字読み取り装置と比べ、読み取り精度の高さはもとより、小ささと軽さは特に優れており、視覚障害者だけではなく、高齢者など幅広い層に、場所を選ばず多様な用途で利用いただけるのではないでしょうか。読書バリアフリー法の施行にともない、今後自治体は視覚障害者の読書環境を整備する責務を負います。その際、点字図書や音読図書などの整備も重要ですが、既存の環境をそのまま活用できるこのデバイスは、読書バリアフリー法の精神を実現するためのとても有効な手段になりえます。そのためには、自治体にぜひ、積極的に検討していただきたいことがあります。

―それはなんでしょう。

 視覚障害者の日常生活用具に対する、給付制度の充実です。当社では、このAI視覚支援デバイスのほかにも、「拡大読書器」や「電子ルーペ」といった視覚支援機器を扱っており、購入者が給付制度を活用できるように、必要書類の提供や制度の説明といった申請のサポートを行っています。これらの経験から、当然、このデバイスも給付対象になりえるものと考えます。平成29年度からは、厚生労働省の方針により、「視覚障害者用読書器」のカテゴリーとして、撮影した活字を文字として認識し、音声信号に変換して出力する機能があるものも認められるようになっているからです。実際、「視覚障害者用読書器」、もしくは「活字読み上げ装置」として認定され、名古屋市(愛知県)や渋谷区(東京都)をはじめ、給付対象としてこのデバイスを認定する事例が複数出てきています。このデバイスのような今までにない技術を搭載した読書デバイスに対しては独自の給付枠を設けるなど、給付制度の運用という面からも、自治体には視覚障害者支援に力を入れていただきたいです。それによって、ひとりでも多くの視覚障害者に最新の技術成果をご活用いただければと考えています。

白潟 仁 (しらかた さとし) プロフィール
昭和42年、兵庫県生まれ。平成9年6月に株式会社タイムズコーポレーション(現:株式会社システムギアビジョン)に入社。平成27年年4月より現職。
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