
前回は、「インクルーシブ」という言葉を、地域や行政サービスの文脈でどう捉えるかを取り上げました。年齢、性別、国籍、障がいの有無、家庭環境、働き方などの違いがあっても、必要な情報や支援に届きやすいこと。行政や地域サービスが、そうした多様な住民を最初から前提に設計されていること。そこにインクルーシブの核心があるという話でした。では、その考え方は実際の住民サービスのどこから見えてくるのか。もっとも具体的な入口の一つが、多文化対応です。
多文化対応というと、外国人住民向けの特別な施策を思い浮かべるかもしれません。しかし、行政の現場で起きていることを見ていくと、そこにあるのは「特別な人への特別な対応」というより、住民サービスが多様な住民に「届いているか」という、ごく基本的な問いです。窓口で制度の説明が伝わらない。相談したいことがあっても、言葉が壁になって不安が残る。子育て支援の情報は用意されていても、必要な家庭に届かない。こうした場面で問われているのは、多文化対応の有無というより、住民サービスの届きやすさそのものです。
言葉の壁が問題になるのは、単に翻訳が足りないからではありません。住民サービスでは、制度の条件、手続きの流れ、相談の背景、本人の不安や迷いといった、言葉のニュアンスが重要になります。とくに相談や子育て支援の場面では、正確に伝わることと同時に、安心して話せることが欠かせません。情報そのものが存在していても、日本語だけで書かれている、専門用語が多い、必要なタイミングで目に入らない――そうした条件が重なると、「情報はあるのに届かない」という状態が生まれます。これは情報不足ではなく、情報アクセスの設計の課題だといえます。
図1 窓口・相談・子育て支援――言葉の壁が立ち上がる場面

CTCは、東京都のスマートサービス実装促進プロジェクト「Be Smart Tokyo Inclusive」において、実装促進事業者として、インクルーシブな課題を解決するデジタルサービスを持つスタートアップの支援と、そのソリューションの社会実装を支援しています。その枠組みのもとで、ある自治体のこども家庭センターに、VMFi株式会社のAIによるリアルタイム多言語翻訳ソリューションが導入されました。対象となったのは、妊娠・出産・子育てに関わる相談の現場です。言葉が通じないことは、単なる手続き上の不便ではなく、支援にアクセスしにくくなる障壁になります。
このソリューションは、ディスプレイに翻訳字幕をリアルタイム表示する仕組みで、34か国語に対応しています。相談者と職員が互いの表情や視線を見ながら会話を続けられるように設計されており、「顔が見える」安心感のあるコミュニケーションを目指しています。改善されているのは、言葉そのものだけではなく、相談のしやすさ、理解のしやすさ、心理的な安心感まで含めたコミュニケーション全体です。多文化対応を住民サービスの基本機能として整えるとは、外国語対応を追加することではなく、住民が安心して使えるサービスへと整えていくことにほかなりません。
行政における多文化対応は、すでに「あると望ましい配慮」ではなく、「備えるべき基本機能」として位置づけられています。総務省「地域における多文化共生推進プラン」(令和2年9月改訂)では、行政サービスや生活上必要な情報について、多言語(やさしい日本語を含む)での情報提供を行うこと、通訳の配置に加えて電話・映像通訳や翻訳アプリ等のICTの活用を検討すること、行政の窓口に加えてコミュニティ施設や日本語教室、SNS等を活用した情報伝達ルートの確保を進めることなどが示されています。ここで示されているのは、外国語の資料を増やす話ではなく、必要な人に、必要なタイミングで、理解できるかたちで届くようにするためのサービス設計の考え方そのものです。
同プランは、外国人住民を「地域社会を構成する一員」として受け入れていく視点を示しています。多文化対応は、行政の周辺業務ではなく、地域の住民サービスそのものを、多様な生活者に開いていくための取り組みだといえます。
図2 多文化対応がもたらす「だれにとっても届きやすい」サービス

この視点に立つと、窓口・相談・子育て支援の現場で立ち上がる言葉の壁は、外国人住民だけの課題ではないことが見えてきます。分かりにくい行政文書、専門用語の多い説明、複数窓口をまたぐ案内、制度の存在は知っていても利用に踏み切れない心理的ハードル。こうした壁は、日本語を母語とする住民にとっても少なからず存在します。だからこそ、多文化対応のために進めるやさしい日本語、分かりやすい導線設計、相談時の補助ツール、オンラインを含む複数チャネルでの情報発信は、結果として住民サービス全体の質を高めます。多文化対応は、一部の人のための追加機能ではなく、だれにとっても使いやすい行政サービスへの更新でもあります。
各社の取り組み
CTCが「Be Smart Tokyo Inclusive」で支援するスタートアップのうち、外国人・多文化共生というテーマに関わる3社を紹介します。
VMFi
言葉の壁が住民サービスの利用を妨げる場面は、窓口や相談対応、とりわけ妊娠・出産・子育てのように、正確さと安心感の両方が求められる現場で鮮明に表れます。VMFiは、リアルタイム翻訳ソリューションを通じて、対面コミュニケーションの質そのものを支える取り組みを進めています。翻訳を単なる言語変換ではなく、「安心して相談できる環境づくり」の一部として捉えている点が、この事業の特徴です。
公式サイト:https://www.vmfi.net/ja
いろはな株式会社
多文化対応は、窓口での会話や資料の翻訳にとどまりません。地域で暮らし、働く外国人住民が、制度や手続きの複雑さによって孤立しないための環境づくりも重要な論点です。いろはな株式会社は、外国人雇用管理プラットフォームを展開し、受け入れ側の事務負担や情報管理の課題に向き合っています。住民サービスの観点から見れば、外国人住民が地域で生活基盤を築くうえでの、見えにくい障壁を減らす土台づくりといえます。
公式サイト:https://iro-hana.com/
Trash Lens
「情報はあるのに届かない」という課題は、暮らしのごく身近な場面にも表れます。ごみの分別や出し方はその典型で、自治体ごとにルールが異なるうえ、多言語で分かりやすく伝えることも簡単ではありません。Trash Lensは、AIを活用したごみ分別アプリを通じて、住民が必要な生活情報にすばやくアクセスできる環境づくりを進めています。多文化対応を特別施策ではなく、生活インフラの一部として捉え直すうえで示唆の多い取り組みです。
公式サイト:https://trashlens.com/
これら3社の取り組みは一見異なるテーマに見えますが、いずれも「必要な情報や支援を、必要な人に届くかたちで提供する」という点で共通しています。行政だけでは埋めきれない「届きにくさ」をどう補い、解きほぐしていくかを考えるためのヒントになります。
インクルーシブな住民サービスを考えるとき、多文化対応はもっとも具体的で、見えやすいテーマです。言語の壁は、見えやすい壁です。しかしその奥にあるのは、「情報はあるのに届かない」「制度はあるのに使えない」「相談窓口はあるのに安心して話せない」という、住民サービス全体に通じる課題です。多文化対応を特別施策として切り離すのではなく、住民サービスの基本機能として捉え直すこと。それは、インクルーシブを理念から実装へ進めるための、最初の一歩です。
関連リンク
連載記事
・第1回 インクルーシブとは何か――地域・行政サービスで考える意味
連載note
参考資料
1.総務省「地域における多文化共生推進プラン」(令和2年9月改訂)
2.総務省「多文化共生事例集」(令和3年度版)
3.東京都スマートサービス実装促進プロジェクト Be Smart Tokyo
4.Be Smart Tokyo Inclusive × CTC(https://be-smarttokyo-ctc.jp/)
5.VMFi 公式サイト(https://www.vmfi.net/ja)
6.いろはな株式会社 公式サイト(https://iro-hana.com/)
7.Trash Lens 公式サイト(https://trashlens.com/)
お問合せ

| 会社名 | 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 |
|---|---|
| 設立 | 1979年7月11日 |
| 資本金 | 217億6300万円 |
| 代表者名 | 新宮 達史 |
| 本社所在地 | 〒105-6950 |
| 事業内容 | CTCは「明日を変えるITの可能性に挑み、夢のある豊かな社会の実現に貢献する」という使命のもと、先進のITソリューションを組み合わせ、お客様のデータ活用やデジタルトランスフォーメーションを支援するとともに、社会課題の特定や解決に努めています。 |
| URL | https://www.ctc-g.co.jp/ |
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