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「法的なものの考え方」を探して#6(自治体法務ネットワーク代表・森 幸二)
民間との違い

自治体職員として「カスハラ」に向き合う 《前編》

    プロフィール
    森 幸二
    《本連載の著者紹介》
    自治体法務ネットワーク代表
    森 幸二もり こうじ
    北九州市職員。政策法務、公平審査、議員立法などの業務に携わり、現在は北九州市 人事委員会 行政委員会 事務局調査課 公平審査担当係長。自治体法務ネットワーク代表として、全国で約500回の講演。各地で定期講座を実施中。著書に『自治体法務の基礎と実践』(ぎょうせい)、『自治体法務の基礎から学ぶ指定管理者制度の実務』(同)、『自治体法務の基礎から学ぶ財産管理の実務』(同)、『1万人が愛したはじめての自治体法務テキスト』(第一法規)がある。2023年10月に『森幸二の自治体法務研修~法務とは、一人ひとりを大切にするしくみ』(公職研)、2024年3月に『自治体法務の基礎と実践 改訂版~法に明るい職員をめざして~』(ぎょうせい)を出版。

    深刻化が取りざたされる「自治体とカスハラ」について、《前編》《後編》の2回にわけて考えます。前編は「民間におけるカスハラの定義」について。どこからがカスハラで、その“法的立ち位置”はどうなっているのか。自治体向け法務研修等を500回以上行った実績がある自治体法務ネットワーク代表の森 幸二さん(北九州市職員)が深く掘り下げます。

    「カスハラ」という造語

    次から次へと際限なく、新しいハラスメントが生まれ、世間で喧伝されています。「カスハラ」もそのひとつです。

    でも「〇〇ハラ」自体が発生し続けているのではありません。それぞれのハラスメント、ここでは、「カスハラ」に該当する行為は、行為者が「今から、カスハラをするぞ!」と「カスハラ」という言葉や行動類型を意識して行ってはいないはずです。

    「カスハラ」という行為が自ずとこの社会に存在するわけではなく、「カスハラ」は、社会において否定されるべきある類型の行為をくくる「定義」のひとつです。誰かによって意図的に作られた(作られようとしている)造語です。

    それぞれのハラスメントに該当する行為の発生と、「〇〇ハラ」というハラスメントの定義ができることとは、別の人によって別の場所で別の意図で行われている事柄なのです。

    そこに、「〇〇ハラ」という言葉を使って、「人を傷つけている行為」をなくそうとすることについての困難さと限界とが存在します。

    ハラスメントにおける議論の循環

    カスハラ、あるいは、ハラスメントに限らず、定義を使って課題を解決する、つまり、社会における特定の行為を消滅・減少させることに取り組む際には、よく、「議論の循環(ぐるぐる回り)」が起こってしまいます。

    原因の多くは、定義(内包)と具体的内容(外延)とを同時に議論してしまうことにあります。「あの顧客の言動(A)は、カスハラ(B)であるかどうか」のような議論をする際には、次のような順序建てが必要となるはずです。

    1. カスハラ(B)の定義にどんな意味を与えるべきなのか(Bの内包)
    2. 1.で決定したカスハラ(B)の定義にあの顧客の言動(A)が含まれるのかどうか(Bの外延)


    にもかかわらず、1.と2.を一緒に、つまり、XとYの2つの解を一次方程式で解くような議論が展開されがちです。「議論のぐるぐる回り」です。

    • そもそもカスハラの定義についての見解の相違なのか(①内包の問題)
    • その客の行為についての評価の相違なのか(②外延の問題)

    が明確にならなければ、議論は収束しません。

    「心の辞書」の必要性

    一方で、「カスハラ」の定義について、しっかりと共有しておけば、あとは、「あの顧客の言動(A)」を落ち着いてしっかりと評価することができます。

    つまりは、「カスハラ(●●ハラ)」について、職場のみんなが心と頭の中に同じ辞書(言葉の定義)を持っていなければならないのです。そうしなければ、せっかく合意を得ても、「私はそういう意味で●●ハラだと思った(思わなかった)のではない」と後から不満が生じ、トラブルが起こりかねません。

    「カスハラ」の定義

    では、「カスハラ」の定義をしっかりと確認してみましょう。

    厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会」が作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によれば、「カスハラ」とは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています(太字と下線は筆者)

    厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」の表紙と同マニュアルによるカスハラの定義

    さらに、マニュアルを読み進めたうえで、カスハラの定義を要約するとおおむね以下のようになります。

    「カスハラ」の定義における発見~言い方や態度よりも内容

    「具体的な指標①」及び「具体的な指標②」から、大きな気づきが持てるはずです。それは、カスハラの成立におけるもっとも重要な要素は、「言い方、態度」ではなく、「内容」だということです。

    これは、パワハラにもいえることです。穏やかな口調でも、繰り返し自分の思い込みやこだわり、根拠のないことを部下・同僚・上司に、指示・要求・上申することはパワハラだとみなされなければなりません。本来は「言い方や態度ではなく内容」でパワハラかどうかが一義的には決定されるべきなのです。

    本当の意味でのハラスメント(人を傷つけ、人の時間を損なう行為)を行っていることは、「乱暴な言動をしているあの上司」だけではなく、「自分の考えに固執して周囲に協調しないあの職員」も同じなのですから。

    この点について、本連載の#4「『パワハラ』における平等の欠如」の項で提言しましたが、今後、増加し、深刻化すると考えられるのは、「まじめすぎる人」による「静かなるパワハラ」です。

    だから、思い込みやこだわりではなく、「法律や条例(法)」に基づいてしごとをしなければならないのです。結局、私の考えでは、公務におけるハラスメントの根源は、「いびつな自己実現の欲求に基づく、法令に基づく行政という意識の欠如」に行きつくのです。

    「カスハラ」の定義における課題

    厚生労働省のカスハラ定義によれば、カスハラが成立するには、カスハラの要件(具体的な指標①及び②)に当てはまるだけではなく、結果として、「労働者の就業環境が害される(結果的な指標③)」ことが必要です。

    言い換えれば、どんな不当な内容であっても、どんな不当な言動であっても、結果として、被害が生じなければカスハラではないということになります。

    これは、「カスハラ」の定義が、当事者の被害を防止することにとどまっていることを意味します。カスハラの成立が「予定被害者の主観」にゆだねられているからです。
     
    「セクハラ」や「パワハラ」もそうですが、法的にみれば、被害があろうがなかろうが「悪いものは悪い」はずです。にもかかわらず、主観的な被害の発生を大前提としている現在のハラスメント政策は人権施策ではなく、経済政策の一環にとどまっている面もあると私は思います。

    「《後編》安易な「カスハラ」を定着させないために」続く)
    ※本稿をはじめこの連載の内容は筆者の森さんの私見です。

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