【防災減災/免震装置】災害拠点病院が地震対策に採用した、南海トラフ地震にも耐えうる新技術
(TSB / 日鉄エンジニアリング)


※下記は自治体通信 Vol.71(2026年1月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
将来、発生が懸念されている南海トラフ地震では、最大震度7の揺れのほか、一部では建築基準法で定める大地震を上回る長周期・大振幅地震動となる可能性も指摘されている。これを受け、想定震源域に近接した半田市(愛知県)で令和7年4月に開院した知多半島総合医療センターでは、巨大地震対策として、従来にない先進的な免震構造を導入している。ここでは、同センターを運営する地方独立行政法人知多半島総合医療機構で総務課長を務める青木氏に、新たな免震構造を採用した経緯などを聞いた。

従来装置の性能限界を超える、大きな揺れが想定
―病院建設における地震対策では、どのような検討を重ねたのですか。
当センターは、知多半島医療圏における災害拠点病院であり、知多半島唯一の三次救急医療施設となります。そのため、建設にあたっては、「想定外」という言い訳は許されない施設として、どのような災害が起きても病院機能を維持することを使命と位置づけ、施設構想を練りました。建設地となる半田市は、南海トラフ地震の想定震源域に近く、市役所の建て替えにおいても、「免震構造でなければ機能が維持できない」との結論から免震構造を採用した経緯があり、当センターにおいても「免震構造の導入」は当初から前提にありました。そのうえで、内閣府の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」で主査を務める名古屋大学の福和伸夫教授(当時)に協力を仰ぎ、建設地における模擬地震波の作成、具体的な免震装置の選定にあたってのアドバイスをいただきました。
―結果はいかがでしたか。
M8.9の南海トラフ地震動モデルを採用し、模擬地震波を作成したところ、従来の免震装置の性能限界を超えるほどの大きな揺れが想定されました。そこで、この地震波を前提として令和2年度にプロポーザルを行い、設計者に内藤建築事務所を選定。震度6強の揺れが複数回想定される「想定東海・東南海(以下、安政東海型)地震」と、震度7が想定される「想定東海・東南海・南海(以下、宝永型)地震」のいずれのタイプの南海トラフ地震でも病院機能が維持できるような具体的な免震構造の検討に入りました。設計では、新たな免震構造の開発が想定されていたため、その後のプロジェクトの進行に際してはECI方式*を採用しました。さらに、建設会社の選定にあたっての仕様書には「振動台実験の実施」を条件に盛り込むなど、早い段階から建設会社の技術力を活用する体制を組みました。
*ECI方式 : 実施設計の段階から建設会社が参画し、プロジェクト全体の「コスト縮減」や「工期短縮」を図る発注方式
国内最高峰の免震技術で、「安心の拠り所」を確保できた
―検討の結果、どのような免震構造を採用したのでしょう。
設計会社や免震装置メーカーなどと検討を重ね、「多段すべり支承」(『TSB™』)という新たな免震機構の開発に成功しました。これは、日鉄エンジニアリングの「球面すべり支承」と、PILLAR社の「剛すべり支承」という2つの装置を直列に組み合わせた新しい機構です。
―仕組みを教えてください。
「レベル2*」までの規模の地震では、各所で実績のある「球面すべり支承」が機能して地震エネルギーを吸収し、それ以上の「安政東海型」「宝永型」地震で「球面すべり支承」が変形限界値を超えた際に、初めて「剛すべり支承」が摺動(しゅうどう)*し、建物の損傷や激しい揺れを防ぐ仕組みです。地上5階地下1階建ての延床面積約4万5,000m²の施設には129基の『TSB』が設置されており、最大で165cmの揺れ幅に対応可能です。小・中地震から長周期・大振幅地震動まで、多様な地震動に対して2つの装置が適切に役割分担することで免震効果を発揮します。
―新たな免震構造の採用に、どのような意義を感じていますか。
地域の災害拠点病院であり、知多半島唯一の三次救急医療施設に相応しく、国内最高峰の免震技術で入院患者はもとより、地域住民にとっても「安心の拠り所」を確保できたのは、大きな成果だと思っています。この新しい技術は、既存技術にはない画期性が評価され、このほど第26回「日本免震構造協会賞 技術賞」を受賞することができました。その影響もあって多方面から注目を集め、開院から9月までの半年間だけでも、20件を超える視察を受け付けました。そこでは、多くの自治体担当者が、命を守る基盤として免震構造に関心を寄せていました。大災害が発生した際にも、「あそこの病院に行けばいい」と思ってもらえる、まさに「最後の砦」として、地域の安心安全を守っていきます。
*レベル2 : 建築基準法で定められた大規模地震動
*摺動 : 2つの固体表面が互いに擦りながら動く現象

ここまで紹介した知多半島総合医療センターが採用した新たな免震機構『TSB』。この新技術の開発を主導したのは、施設の設計業務を担当した2つの設計会社であった。ここでは、その2社である内藤建築事務所の田山氏と、織本構造設計の米本氏に、『TSB』が公共施設の地震対策にもたらす意義などを聞いた。


模擬地震波を分析し、3つの技術案を比較検討
―『TSB』という新技術が開発された経緯を教えてください。
田山 当社が選定された令和2年4月の設計プロポーザルにおいては、「南海トラフ地震に対応した安心安全な構造計画」が求められました。しかし、与えられた模擬地震波を分析すると、従来の免震装置単体では対応できないことがわかりました。そのため、具体的な免震構造の決定については、設計プロポーザル後の検討となりました。そこで我々は、福和伸夫教授とともに検討を重ねた結果、従来の免震装置の性能限界を超えた揺れが発生した場合には建物全体を滑らせ、二段階で地震のエネルギーを吸収するという発想をとることとしました。そのうえで、具体的に3つの技術案(下表参照)を提示し、検討を重ねてきました。

―3つの案は、どのように絞り込まれていったのでしょう。
米本 南海トラフ地震のような巨大地震では、揺れの周期が長く、揺れ幅の大きな長周期・大振幅地震動が発生します。その揺れを吸収するためには、建物の固有周期を6秒以上に長周期化し、建物の揺れを吸収・低減できる免震技術が求められます。加えて、従来の免震装置の限界を超える大きな振幅の揺れにも追従できる必要があります。これらの条件を満たす免震機構として、球面すべり支承を軸とする2つ目の案を最有力候補と考えました。
田山 そのうえで、当初の発想に沿って、球面すべり支承が性能限界を超えた際に、下部の剛すべり支承を滑らせる仕組みを検討しました。そこでは、多くの免震装置メーカーから技術情報を取り寄せ、検討を重ねた結果、PILLAR社と「剛すべり支承」を開発することにしました。そこから、球面すべり支承と剛すべり支承の組み合わせで実験と検証を重ねました。
未知の技術要請における、開発スキームを提示できた
―具体的に、どのような開発が行われたのでしょう。
米本 我々両設計会社と日鉄エンジニアリングなど免震装置メーカー2社などが開発チームを組み、まずは2つの免震装置の組み合わせを最適化するため、個別の免震装置の改良・検証を重ねました。その後、両技術を組み合わせた状態で、果たして設計の想定通りの二段階の挙動がとれるか、建設会社が有する「三次元振動台」に実際の模擬地震波を入力して試験を繰り返しました。これらの実験や検証を含めた設計におよそ2年を費やした末に、多段すべり支承『TSB』として完成することになったのです。
―『TSB』開発の意義を、どのように捉えていますか。
米本 なによりも、模擬地震波が示すような、M8.9クラスの巨大地震に対応できる点です。このクラスの巨大地震対策として、これまでにない有力な選択肢が生まれた意義は大きいです。本機構は、小・中規模地震や建築基準法で想定する大規模地震には球面すべり支承のみが機能し、それ以上の規模の「安政東海型」「宝永型」地震には剛すべり支承も合わせて機能します。2つの装置がそれぞれ適切に機能することで、『TSB』として幅広いタイプの地震に対応できる点も画期的です。
田山 また、今回はECI方式を採用したことで、比較的短期間で新しい技術の開発・検証を行うことができました。公共施設において、こうした未知の領域に対する技術要請が生じた場合の1つの開発スキームを提示できたこと自体も、大きな成果だったと受け止めています。我々設計会社は、あえて特許出願人には名を連ねていません。ぜひ多くの設計者に広く『TSB』を利用してもらいたいと考えています。

―公共施設の地震対策には、どのような課題がありますか。
日本では数年おきに大規模な震災が発生し、それが次にどこで起きるかはわかりません。その際、自治体庁舎や病院といった重要施設では、単に建物の倒壊を防ぐだけではなく、地震後も事業を継続できるような備えが必要です。そのため当社では、長期的な視点で地域住民の安全を考えるならば、重要施設において「免震構造」の導入は必須と考えています。特に、南海トラフ地震のように、これまでにない巨大地震が想定される地域に対しては、新たに開発した免震技術である、多段すべり支承『TSB』を提案します。
―詳しく教えてください。
当社が設計事務所やPILLAR社と共同で開発した『TSB』は、長周期・大振幅地震動に対応でき、小・中地震から巨大地震まで異なる地震レベルに応じて適切な免震効果を発揮する画期的な免震技術です。この『TSB』により、災害時に機能維持が求められる自治体庁舎や病院といった公共施設では、災害対応力や事業継続性の向上に大きな貢献が可能になりました。この知見を活かすことで、自治体の事情を踏まえ、施設整備計画に最適な免震構造を提案できます。
―今後の自治体支援方針を聞かせてください。
今後も、産学官の協働体制を活かし、「安全・安心な社会インフラの実現」に向けて、免震構造の普及と発展に貢献していく方針です。そして、全国の設計会社、自治体のみなさんと三位一体となって重要施設の地震対策の強化を支援していきます。

| 設立 | 平成18年7月(旧・新日本製鐵株式会社のエンジニアリング部門が独立) |
|---|---|
| 資本金 | 150億円 |
| 売上高 | 約4,004億円(連結:令和7年3月期) |
| 従業員数 | 5,610人(連結:令和7年3月末現在) |
| 事業内容 | 製鉄プラント事業、環境・エネルギー事業、都市インフラ事業 |
| URL |

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