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《“自治体消滅“の危機を打開する「対話」》互いの声を聴きあえる社会へ

    《“自治体消滅“の危機を打開する「対話」》互いの声を聴きあえる社会へ

    【自治体通信Online 寄稿記事】
    我らはまちのエバンジェリスト #13(福岡市 職員・今村 寛)

    「論破王」「論破力」といった言葉あるいは現象が流行しています。相手の論理のほころびを突くことが自分の正しさの証明と考える人が増えているということなのでしょうが、論破と対極にあるのが多様な意見の尊重を土台とする「対話」。今回は「自治体消滅の危機」を題材に、なぜ今、社会に対話が必要なのかを考えます。

    迫りくる自治体消滅の危機

    数年前に「自治体消滅」という言葉が大きく報じられたことがあります。自治体の消滅とは、住民がそこに住むことを選択できなくなる状態。それはある日突然にやってくるわけではありません。

    我が国の合計特殊出生率が2.0を割り込んだ1974年以降、毎年新生児が減少していく段階において「既に起こっていたこと」で、少子高齢化により生産力も消費力も落ち、そのことによる経済活動停滞がもたらす財政的な制約の中で「あれかこれか」を選択せざるを得ない未来が到来することはわかっていたはずなのです。

    人口が減るから住めなくなるのではなく、自治体消滅に向かう本当の原因とは人口が減ることにより生じる様々な課題に対して、行政と住民、あるいは住民同士が向き合うことができず、住民自身の未来が見通せなくなることです。

    じわじわと迫る人口減少の危機の中でなお、深刻な事態を直視できない、あるいは苦渋の結論を導き出せないのは、緩やかに、しかし確実に衰退の一途をたどるその過程。目下の課題の本質やその課題を乗り越えてたどり着きたい「ありたい姿」について、行政と住民、あるいは住民同士が共有し、その未来を目指すために困難な選択をしようという共同の意志を固めることができないから、住民たちはその町や村の行く末に漠然と不安を感じるだけで何の手立ても講じることができず、やがてその不安がより明らかなるにつれ、住民たちはそこに暮らす自分たちの未来を感じることができなくなり、住み続けることを選べなくなってしまう。

    その時が、私たちの町や村が、あるいは国ですら消滅するときなのだと思います。

    “消滅へのカウントダウン”を止めるには…

    国や自治体と市民の「対話」とは

    今、私たちはコロナ禍という未曽有の災厄を経験し、将来に向かって危機意識を共有できる環境にあります。

    今こそ、目先の経済対策や福祉の充実だけでなく、その財源確保のための痛みを伴う改革まで含めた中長期的な自治体経営、国家経営のための対話と議論が行われ、その中で困難を乗り越えて未来に向かう意志が市民同士で共有されることが必要です。

    そのためには、国や自治体と市民、議会、あるいは市民同士で十分に情報共有と意思疎通を図ることができる「対話」の場づくり、苦渋の選択を乗り越えることができる意思疎通の環境整備こそが、最も求められている。

    課題を先送りせず真摯に向き合うことができる持続可能な自治体経営、国家経営のための標準装備として、相互理解によって対立を乗り越え、当事者として納得ある合意に至るための「対話」の価値がもっと認識されなければいけない。私は繰り返しこのことを述べてきました。
    (参照:我らはまちのエバンジェリスト~連載バックナンバー)

    しかし、そんなことは本当に可能なのでしょうか。

    例えば私が働く福岡市で160万人の市民と市長や私たち福岡市職員がひとりひとりと実際に対話し、意思疎通や相互理解を図ることは時間や空間の制約から現実には不可能です。

    国や自治体と市民、議会、あるいは市民同士で十分に情報共有と意思疎通を図ることができる「対話」の場づくりは実現可能なのでしょうか。

    そもそも、国も自治体も多様な国民・市民の立場や意見を代弁し調整する主体でしかなく、自らの独立した意志を持つ主体ではありません。

    国や自治体が主張する意見や立場はすべて国民・市民の誰かの意見や立場を集約し代弁しているものであり、国や自治体と国民・市民との「対話」というのは多様な意見を持つ多種多彩な国民同士、市民同士の情報共有、相互理解のためのものなのです。

    社会として「対話的関係性」を築く

    私が提唱する、国や自治体と国民・市民との「対話」の場づくりとは、間接民主主義を採り、官僚組織が政策形成とその実施を担う現代社会においては、国民・市民全員が一堂に会して、あるいは個別に直接対話し、議論できるわけではないという現実に即して、議員や公務員が国民・市民を代理して対話し、議論しているという構造を理解し、その構造の中で社会全体として「対話的な関係性」を築くために、それぞれが担うべき役割を果たすことを意味しています。

    では、社会全体として「対話的な関係性」を築くとはどういうことなのでしょう。

    意思決定に向かう対話や議論の場にすべての国民・市民が居合わせることはできませんので、我々公務員や選挙で選ばれた議員が代理することになります。

    この代理による対話、議論において、国民・市民の置かれた多様な立場、意見を尊重しつつその調和を図り、そこで共有できた目標に基づき議論を進め、意思決定をおこなっていく、その過程が国民・市民に伝われば、代理を介すかたちであっても、あたかも国民・市民同士が直接対話し、議論し、それぞれの立場や意見が尊重されて合意形成に至ったと感じることができるのではないか。

    たとえ自分の思う結論と違った選択になったとしても、その途上で誰かが自分の立場を代弁し、その意見を尊重し配慮したという過程があれば結論に納得感を持てるのではないか。

    また、当事者同士であれば意見が対立し対峙してしまうような困難な課題に対しても、代理による対話、議論の過程を可視化することで、感情的な対立を避けながら多くの人が承服できる結論に至ることができるのではないか。

    国民・市民ひとりひとりが置かれた多様な立場や見解を互いに許容し尊重しあえる対等な関係こそが社会全体の「対話的な関係性」の基礎であり、直接対話することができなくてもそのことを体感でき、自分自身が尊重されていると感じることができる世の中、対話の構成要素である「語る」=「開く」、「聴く」=「許す」ことが自然に行われている世の中をつくることこそが、国や自治体、議員や我々公務員が果たすべき役割だと私は思うのです。

    「聴く力」が大事にされる世の中に

    このような社会の実現に向けては、対話の場に身を置く議員や我々公務員が「対話」の本質を理解し、国民・市民を代理する自分自身が多様な立場や見解があることを把握して、そのそれぞれを先入観なく許容し、尊重し、対話の俎上に乗せる姿勢そのものについて正しく理解し、そのように振る舞えなければいけません。

    また当然に、対話的な関係性を築くために必要な「対話力」も求められますし、対話の場を安全に運営するファシリテーションのスキルも必要とされます。

    国や自治体は、実際に組織の内外で対話的な関係性のなかで意見を交わし情報を共有する場や機会、環境をつくり、一方でそのような組織運営を基本としていることを国民・市民に伝え、そこで代理して行われる対話、議論を国民・市民が信頼感、安心感をもって見守ることができるよう情報を発信し、組織として国民・市民に「開く」ことを心掛けねばなりません。

    そんな社会を実現するために私たち国民・市民ひとりひとりに今最も求められているのは、「許す」、すなわち相手の立場、見解をありのまま受け入れること、先入観を持たず否定も断定もしないで相手の思いを「聴く」ことだと思います。

    対話を支える土台とは…

    国が、自治体が、国民・市民の声を聴こうとしないのではありません。

    私たち国民・市民が、自分と違う立場、価値観の声を聴こうとしていないのです。

    そういえば我が国のリーダーの特技は「人の話を聴くこと」だそうです。

    ご本人がおっしゃるこの言葉に言霊が宿り、「聴く力」が大事にされる世の中、誰がどんな立場、見解を述べてもそれが安全に許容され、「聴きあえる」世の中に向かう力になってほしいと思います。

    (「《分断社会における公務員の役割》多数決は民主的なのか」に続く)

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    ■ 今村 寛(いまむら ひろし)さんのプロフィール

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    福岡地区水道企業団 総務部長
    1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。
    また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。
    好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2022年より現職。
    著書に『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)、『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)がある。財政担当者としての経験をもとに役所や公務員について情報発信するnote「自治体財政よもやま話」を更新中。

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