《自治体の移住・定住施策 優良事例》― 小規模自治体の“まちの魅力”を活かした移住・定住施策

地域の伝統文化や農業の取り組みを移住・定住に結び付ける
地域の伝統文化や農村暮らし、先進的な農業の取り組み等「まちの魅力」を活かした移住・定住施策で成果を出している小規模自治体の事例を紹介します。内閣府 地方創生推進室がまとめた「令和4年度 移住・定住施策 優良事例集」からの抜粋で、同事例集は、三大都市圏以外に所在する市町村の中から、行政・民間が移住定住施策に積極的に取り組んだ結果、社会増減率がプラスに転じた、または社会減の減少幅が縮小した優良事例を内閣府地方創生推進室が選定し、取組の概要や具体的な成果を取りまとめたものです。
伝統文化や基幹産業の維持と結びついた施策《福島県 昭和村》
福島県 昭和村は同県西部に位置し、周囲を1,000メートル級の山々に囲まれた農山村です。高冷地であり、夏は涼しく、昼夜の寒暖差が大きいことを活かし、約30年前からカスミソウの栽培が盛んに行われて基幹産業のひとつとなっています。
また、「からむし織の里」として知られており、からむし(苧麻:ちょま)から繊維を取り出す技術は国の選定保存技術に選定されており、取れた繊維から伝統的な手法で作られた「奥会津昭和からむし織」は国の伝統的工芸品に指定されています。

からむし織(左)と、その栽培が基幹産業のひとつとなっている「カスミソウ」
昭和村の取り組みポイントと概要
取り組みポイント
昭和村の移住・定住施策の取り組みのポイントは、村の伝統文化や基幹産業の維持と結びついた移住施策を推進していることです。具体的には、高齢化と過疎化が進行する中、文化や農業の担い手の維持・確保のため、伝統文化であるからむし織や基幹産業のカスミソウ栽培に絡めた移住施策を実施し、地域の活性化を図っています。
また、移住者が増えたことにより、住居の確保が村の課題となる中、新たに空き家コンシェルジュを設置して空き家の利活用を推進していることも特徴的な取り組みと言えます。
主な取り組み内容①―からむし織体験生制度
昭和村では、平成6年から、交流人口と定住人口を増やし独自の物産である「からむし織」を広く知ってもらうことや伝統文化を継承していくことを目的として「織姫体験生事業」を実施してきました。平成13年以降は「からむし織体験生(織姫・彦星)事業」として実施し、現在に至っています。
この体験事業は毎年5月から翌年3月末までの11か月の間、体験生が共同生活を行いながらからむし織の一連の工程を学びつつ、村の行事や農作業への参加を通じて村の方々と交流し、村をよく知ってもらうプログラムです。昭和村では同事業を約30年実施しています。
また、体験修了後、からむしをテーマとしてさらに深く学びたい人向けに「研修生」制度を導入し、最大3年間の生活費の支援として村からの報奨金も支給しています。令和4年までの実績では、計133名がからむし織体験生となり、うち約46名は体験修了後も会津地域に在住。さらにそのうちの35名は昭和村に残って活躍しています。
主な取り組み内容②―カスミソウ新規就農者受入事業
また、基幹産業であるカスミソウ栽培では、夏秋期出荷量が全国トップクラスの産地である一方、新規就農者が少なく高齢化が進んでいたことから、担い手の確保育成を目的に新規就農者支援として「カスミソウ新規就農者受入事業」を実施しています。
同事業は、基幹産業のカスミソウ栽培の担い手確保および産地維持、移住による地域の活性化を狙いとして若い世代をターゲットとして平成15年から行っている新規就農者受入事業です。約1年間、就農希望者を研修生として受け入れ、農協等との連携の下、指導農家の協力を得て技術研修を行い、2年目からは独立して経営できるような支援を実施しているもので、令和4年までに21戸が就農しています。

からむし織体験の様子(左)と指導農家の協力を得て行っているカスミソウ栽培の技術研修の様子
昭和村の周知・広報
昭和村では、職員の発案の下、村の公式ホームページに移住者インタビューを掲載する等、移住者を意識したデザインとしており、村としての移住に対する強い想いを表しています。
移住希望者との接点づくりでは、福島県が主催する移住イベントへ積極的に参加するとともに、からむし織に携わる方やカスミソウ栽培に携わる方などをクローズアップし、各々の魅力をアピールできる移住促進動画を作成して村を知ってもらうきっかけづくりを行っています。
また、からむし織体験生の募集に関しては、全国紙の新聞や雑誌の広告など幅広く実施するとともに、服飾系の専門学校や大学(農学や文化系、美術系等)など親和性が高い若者が多く所属する学校に広報しています。近年は都市部(福島県内および首都圏)の女性を中心に反響があるそうです。
カスミソウの新規就農に関しては、農業系の大学でのプロモーションや首都圏での福島県主催の就農相談等を通じて周知を図っています。30代~50代の家族世帯や20代の独身世帯が仙台や首都圏等の都市部から新規就農者として移住するケースが多いそうです。
昭和村の定住フォロー
空き家コンシェルジュ
昭和村では、移住者がより安心感を持って円滑に地域に溶け込むことができるよう、役場と空き家コンシェルジュがサポートする体制を整えています。具体的には、移住決定後、役場から地区の区長に移住者を紹介するとともに、移住後は空き家コンシェルジュが移住者と地域との橋渡し役となりながら、日々の困りごと相談対応等のサポートを行っています。
住民側も、からむし織体験生事業等を通じて移住者が毎年入村してくる状況もあり、移住者に対して友好的な雰囲気が作られています。
官民一体で連携
また、からむし織体験生に対しては、研修中の早い段階から研修終了後の意向を確認し、終了後も引き続き村内での定住を希望する場合は役場の各担当者・空き家コンシェルジュが官民一体で連携して住居確保の調整等を行っています。その際には、役場の担当者が受入予定の地区の意向なども事前に聞き取りながら、地区が求める人物像とミスマッチが生じないように調整する等、丁寧な対応に努め、円滑な定住に繋げています。
農村暮らしの魅力を訴求した施策《福井県 池田町》
福井県 池田町は同県東南部に位置しており、岐阜県と接する中山間地域です。面積は約195平方キロメートルで、約9割が森林です。また、農地のほとんどは水田であり、農林業が村の基幹産業です。
同町では森林で生まれる「木」を活用したプロジェクトや町の個性である農村文化や田園風景、森林環境などを活かした農村観光の振興などに注力しており、近年は観光客や交流人口の増加に繋がっています。

池田町の様子(左)と田園風景
池田町の取り組みポイントと概要
取り組みポイント
池田町の取り組みのポイントは、役場内に移住と空き家活用を直接結びつける総合窓口を設置し、情報を一元的に管理して実効性を高めていることと、これまで培われてきた地域の文化を大切にし、そこに共感を持つ人たちに移住してもらえるような情報発信に努めていることです。
主な取り組み内容①―移住者と空き家を結びつける総合窓口
池田町では移住施策と空き家対策を一体のものとして考えています。人口減少が続く中、集落機能の維持・発展のために地域の抱える課題を住民とともに考えて解決していく中で、空き家を活用して移住者を受け入れる形態を一つの解決の手段としています。
そのつなぎ役として、町では移住と空き家の総合窓口「いけだ暮LASSEL(いけだくらっせる)」を役場内に開設し、住宅や求人、起業関連の情報提供や、仕事・生活の相談、空き家を有効活用したい持主の相談対応など、情報を一括管理してサポートする体制を整えています。
主な取り組み内容②―農村暮らしや農村文化への共感
また、同町は農村暮らしと農村文化を重要な資産と考えており、農村生活の情報発信や観光施策としての農村体験等を通じて、その価値に共感を持つ人々が移住を検討しやすい環境を作っています。
そのため、農村体験などに興味を持つ人々の目に留まるように観光協会のFacebookでも移住者向けのイベント情報を掲載してもらうなどの連携を進めています。
池田町の周知・広報
情報発信の際には、移住者へのヒアリングでどのような情報が刺さりやすいか、興味を持ってもらいやすいかを把握し、農村での日常的な暮らしぶりなどを発信することで差別化を図っています。
また、移住と空き家の総合窓口として設置している「いけだ暮LASSEL」では住宅や求人、企業関連の情報提供を行うとともに、空き家を有効活用したい住民等の相談を同じ窓口で受け付けることで、情報を一元的に管理し、移住希望者、地域住民、空き家を結びつける窓口として機能させています。
池田町の定住フォロー
住民向けの施策の充実
池田町では特別な定住フォロー体制は構築していませんが、住民や地域社会を対象とした独自の支援制度を充実させ、住民向けに生活応援事業ハンドブックとして取りまとめる等、住民サービスの充実を移住希望者にも訴求することで移住・定住につなげています。
また、同町は平成28年度から空き家対策と移住を一体とした施策を進めていますが、それ以前も農業や林業への就業希望者の移住もあり、移住者を受け入れやすい雰囲気は作られているそうです。

いけだ暮LASSEL(左)と「池田町生活応援事業ハンドブック(2021.12改訂版)」の表紙
住民支援制度の具体例
集落や各種団体の会合を開く際に役場職員が赴いて地域住民の集落の課題や町政等について意見交換をする地域自治再興事業「ちょっといいです? まちの話」や地域の交流を深め地域課題の解決に取り組む活動への交付金「コミュニティ育成交付金事業」など、地域社会の活性化や住民の交流を深める活動への支援事業を行っています。
また、子育て支援として、児童手当に追加した子育て手当て「ママがんばる手当」を創設し、0歳児から3歳児までの乳幼児を養育している母親に対し、地域商品券(いけだ応援券)と現金を組み合わせて支給しており、住民からも好評を得ています。
「有機農業のまち」「サステナブルなまち」でブランディング《宮崎県 綾町》
宮崎県 綾町は県のほぼ中央、宮崎市の西に隣接し、市の中心から車で約40分程度の距離に位置しています。町の約80%は森林で占められ、国内最大級の照葉樹林を有しており、半世紀にわたって森を守り、自然と人が共生する地域づくりを進めています。
また、全国に先駆けて「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定し、農薬や化学肥料をできるだけ使わない自然生態系農業を推進してきました。こうした取り組みが評価され、平成24年には綾町全域がユネスコエコパーク(生物圏保存地域)に登録されています。

綾町で実施している植樹活動の様子(左)と自然生態系農業で栽培・収穫された同町の農産物の一部
綾町の取り組みポイントと概要
取り組みポイント
人口減少問題に対応するため、若い世代を中心とした各年齢層の転出者を抑制し、移住・定住者を確保していく社会動態の改善と出生率の向上等による自然動態の改善を目指している綾町は、昭和63年に全国に先駆けて食の安全性を追求する「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定しており、独自の認証基準を設けて健康志向の農産物の生産を推進するなど、自然と共生する「サステナブルなまち」や「有機農業のまち」として注目を集めています。
こうした長年の積み重ねがあり、近年は、若い世代を中心に、自然環境や食への関心が高い人々の移住・定住が増えています。また町立小中学校では、「総合的な学習の時間」で、野菜作りや自然体験などを取り入れるなど、子どもたちの健やかな成長に繋がるひとづくりにも力を入れています。
主な取り組み内容①―有機農業の町、サステナブルな町としてのブランディング
同町では「綾町自然生態系農業の推進に関する条例」に基づき、土づくり等の農地の管理状況と化学肥料の使用状況等に応じ、農産物をA(ゴールド)、B(シルバー)、C(カッパー)の3段階のランクで認証するなど、自然生態系農業を町ぐるみで推進しています。このような長く積み上げてきた「自然と共生した地域づくり」が「サステナブルなまち」や「有機農業のまち」といったブランディングに繋がり、共感する移住者を呼び込むという好循環を生み出しています。
また、町立の保育所や小中学校に通う子どもに有機給食を提供し、有機農業をまちづくりに活かしています。
主な取り組み内容②―地域づくりを支える自治公民館活動
また、同町は盛んな自治会活動(自治公民館活動)や定住促進のための住宅取得支援など通じて、有機農業や自然と共生した地域づくりに共感を持って移住してきた若い世代の定住を目指しています。自治公民館を拠点とした自治会活動(自治公民館活動)では、花いっぱい運動や河川清掃、町民体育大会などが行われています。
こうした地域での活動に移住者が参加し、住民との交流を深める機会が多くあることが定住に向けたフォローとして機能しています。
綾町の周知・広報
綾町では、移住希望者に町を知ってもらうきっかけとして、移住促進ムービーや町の概要、暮らしの様子などをまとめた資料を作成し、町のホームページで公表しています。
これ以外の移住希望者を対象とした情報発信は限られているものの、日本最大級の照葉樹林が生育する町の環境を活かし、半世紀以上も前から「環境保全」「循環型」の取り組みを行政・住民一体で継続してきた実績を持ち、全国に先駆けて脱炭素化や循環型社会の構築を意識した「サステナブルなまち」としての町のブランドを築いてきています。
このように町が長年にわたり独自に取り組んできた施策が、町のブランディングおよび差別化へと繋がっており、移住希望者に対する積極的な情報発信を行っていない中でも、町の施策に共感を覚える人々が移住してくるといった好循環に繋がっています。
綾町の定住フォロー
地域の支え合い
綾町では町内に22ある自治公民館を拠点とした自治会活動(「自治公民館活動」)が盛んで、公園などに花を植栽する花いっぱい運動や河川一斉清掃などの景観美化・環境保全活動、生涯学習や伝統芸能の継承などの文化活動を通じた、地域づくりや住民同士の繋がりづくりが進められており、こうした地域の「支え合い」の取り組みが、移住者にとって生活の助けとなり、地域に溶け込んでいく場として機能しています。
ブランド価値をさらに向上
また、綾町の有機農業を体系的に学び、実践的な技術を会得できる研修体制を整備することで、新規就農者のみならず、ベテラン有機農業者の学びの場を創出し、高まるオーガニック需要に対応できる産地づくりを目指すために、令和5年6月に有機農業の技術を身につける学校「綾オーガニックスクール」を開校。同スクール開校により、これまで築いてきた綾町のブランド価値をさらに向上させ、新規就農を目指す移住希望者の獲得や定着が期待されています。

花いっぱい運動の様子(左)と綾オーガニックスクールのロゴ
〈参照〉
内閣府 地方創生推進室「令和4年度 移住・定住施策 優良事例集(第2弾)」
https://www.chisou.go.jp/sousei/pdf/ijyu-jirei-2.pdf
綾オーガニックスクール
https://aya-organic.com/school/