自治体EBPM 優良事例|富山県「多様な県民意識の可視化」と岡山県「調査用封筒の切り替え検証」

EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)とは、「政策手段と目的の論理的なつながりを明確にし、このつながりの裏付けとなるようなデータ等の根拠(エビデンス)を可能な限り求め、『政策の基本的な枠組み』を明確にする」取り組みのことで、EBPMの推進には政策手段と目的の論理的なつながりを捉えることに加え、その裏付けとなるエビデンスにも焦点を当て、EBPMが実際の政策の質の向上に結び付いていかなければならないとされています。
近年、経験や直感ではなくデータや合理的根拠をもとに政策を立案することで政策をより効果的・効率的なものにするため、EBPMの推進に積極的に取り組む自治体が増えています。
そこで、総務省が実施している、統計データを利活用した優れた取組を進める地方公共団体に対する表彰「Data StaRt Award ~地方公共団体における統計データ利活用表彰~」(以下、Data StaRt Award)を受賞した自治体EBPMの取組事例を紹介します。
Data StaRt Awardは客観的な統計データに基づく的確かつ効率的な行政運営を促進する観点から、地方公共団体における統計データの利活用を推進することを目的としており、地方公共団体のためのデータ利活用支援サイト「Data StaRt」と連携し、実施されています。
今回紹介するのは、令和5年に実施された第8回Data StaRt Awardで総務大臣賞を受賞した富山県と統計局長賞を受賞した岡山県の取り組みです。
富山県|主観的・多面的・持続的な「ウェルビーイング(well-being)」を捉える指標の策定と向上施策の展開
富山県は県民意識調査を実施し、多様な県民の意識をウェルビーイングの観点から可視化。調査結果をもとに、独自の「ウェルビーイング指標」を策定したほか、これらのデータを活用し、県民起点のきめ細かな政策展開に繋げました。 県民が「自分事」として意識できるよう指標・データの発信方法も工夫しました。
調査の検討・実施
同県では「富山県成長戦略」など県政の推進のため、県民の主観的なウェルビーイングの状況を把握したいものの、その基礎となる指標やデータがなく、県民が実際にウェルビーイング、幸せを実感できているのか、主観的な意識を多面的に捉え、そのデータを政策に活用していくための指標策定とデータ収集が課題になっていました。
そこで、 主観的なウェルビーイングを捉えるため、様々な調査・研究事例も参考にしながら、専門家の助言も得て、調査項目を独自に作成。18歳以上の県民5,000名を対象に、主観的な実感や基本属性等に関する「ウェルビーイング県民意識調査(生活の実感に関する調査)」を実施しました(令和4年9月)。

調査結果の活用
2,754名から回答を得て、年齢や性別等ごとに平均値や割合などで分析し、結果をグラフ等で可視化。多様なウェルビーイングの姿が明らかになりました。
さらにデータを分析(相関分析、因子分析)し、関連性や共通する要素を整理。「富山県ウェルビーイング指標」を策定・公表しました(令和5年1月)。
指標は、①全体で捉える「総合指標」、②7つの側面から捉える「分野別指標(なないろ指標)」、③社会的な関係性から捉える「つながり指標」で構成。指標の状況は花の形で表現し可視化するなど発信方法も工夫しました。ウェブ回答で自分の状態もチェック可とし、県民がウェルビーイングやそのデータに親しみを持ち、自分事として意識できるよう努めています。
また、指標及びそのデータは政策形成に活用。基本属性と主観的な実感のデータを組み合わせ、政策対象の状態に応じた新たな仮説、課題・ニーズの発見、効果検証等、政策立案や評価に活かすなど、ウェルビーイングのデータをベースとした県民起点のきめ細かな政策展開に繋げています。

体制・工夫
令和4年4月に「ウェルビーイング推進課」を設置し、組織横断的にウェルビーイング推進を担う同課が主体となって、調査・分析、指標策定等の取組みを進めてきました。
県民の実感にきめ細かく寄り添うことが必要なため、調査項目作成や指標策定は、外部業者に頼らず、職員自らが、様々な文献・事例等を参考に理解を深めながら、アイデアを出し、専門家の助言等も得て進めてきました。
指標作成にあたっては、県民の実感を踏まえた指標とするため、ウェルビーイングの専門家の助言も得ながら相関分析や因子分析等により県民意識調査の回答データ相互の関連性や共通の要素などを探りました。分析面では富山県立大学の協力を得つつ進め、指標を策定することができました。

岡山県|調査用封筒の切り替えに向けた検証
岡山県は県民を対象としたアンケート調査において大型封筒を従来使用しており、コストがかかっていましたが、アンケート調査に係る事業費の削減を受け、回収率を維持したまま、さらなる予算削減への対応を検討する必要があったことから県民を対象としたアンケート調査を題材に、回収率を維持しつつ、経費節減となるように、大型封筒から小型封筒へ切り替えても効果が変わらないかを検証しました。
検証に当たっては、専門家の助言を得つつ、非劣性試験(新薬や新治療が、標準治療と比較して、効果が劣る可能性があるものの、許容される範囲内で劣る場合に、その利点~例えば、副作用が少ない、投与が楽、費用が安いなど~があることを検証する試験)の手法を用いて実施しました。
調査方法と得られた結果
従来は18歳以上の県民2,500人を無作為抽出し、調査票を角2の大型封筒で郵送していましたが、令和3年度に検討・検証した調査方法では、小型封筒の回収率が大型封筒に劣らないかを非劣性試験の手法で確認(非劣性マージン△7%で設定)。大型封筒の統制群と小型封筒の介入群の2群に分け発送したところ、回収率の差は、95%信頼区間で△8.01%~0.97%となり、小型封筒が大型封筒に劣っていないとは言い切れないと結論づけました。

令和3年度調査の結果
令和4年度には、小型化により「郵便物に埋もれてしまうこと」「重要性が伝わらず開封してもらえない」という課題があると仮定した再検証を実施。再検証では、小型封筒の色を黄色に変更し、その他の条件は変えずに発送したところ、回収率の差は、95%信頼区間で△1.68%~7.30%となり、黄色の小型封筒は大型封筒に劣らないという結果を得ました。

令和4年度の再検証に用いた封筒と調査の結果
こうした調査により、小型の黄色封筒は大型封筒の回収率に劣らないことがわかり、令和5年度から調査用封筒を小型黄色封筒に切り替えました。
また、効果が「変わらないか」というこれまでの行政にはなかった経験を得ることができたほか、非劣性試験を用いて「効果が変わらない」検証を行うことは他分野でも応用可能であるとの結果と展望を得ることができました。
体制・工夫
岡山県、調査の委託業者、県が別途契約しているEBPM推進アドバイザーの三者により取り組みました。アドバイザーからの助言を得ながら、岡山県が企画、委託業者が調査への実装及びデータ収集を行い、アドバイザーがデータ分析を行いました。
工夫した点として、送付数2,500通のうち、小型化による回収率低下の懸念を踏まえ、大型封筒の統制群を1,875通、小型封筒の介入群を625通に設定。小型化による影響が未知数であったため、回収率の低下を最小限に防ぐようにしました。
また、令和4年度の再検証に当たっては、ナッジ(人々の選択肢を奪うことなく、環境を整えることで、本人や社会にとって望ましい行動をするようにそっと後押しする手法)の視点を取り入れてさらに工夫。封筒が他の郵便物に紛れていることや、重要な調査であることが認識されないという仮説をもとに、小型封筒の色を黄色に変更して再検証しました。
〈参照〉
「Data StaRt Award ~第8回地方公共団体における統計データ利活用表彰~受賞団体及び受賞取組」(総務省統計局)
https://www.stat.go.jp/guide/public/rikatsuyou/pdf/ho231018_ref.pdf
Data StaRt「先進事例:主観的・多面的・持続的な『ウェルビーイング(well-being)』を捉える指標の策定と向上施策の展開 調査用封筒の切り替えに向けた検証」(総務省 統計データ利活用センター)
https://www.stat.go.jp/dstart/case/61.html
Data StaRt「先進事例:調査用封筒の切り替えに向けた検証」(総務省 統計データ利活用センター)
https://www.stat.go.jp/dstart/case/62.html