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その道のプロとして

    その道のプロとして

    【自治体通信Online 寄稿記事】
    我らはまちのエバンジェリスト #1(福岡市 職員・今村 寛)

    財政問題、コロナ禍、少子高齢化、一極集中etc…。社会は激動し、分断と対立が果てしなく繰り広げられる憂鬱な毎日。こんな“思っていたのとちょっと違う時代”だからこそ、公務員にしかできないこと、すべきことがあるのでは!? 本連載はそんな観点で“これからの公務員の流儀”を自治体財政のプロで「対話」のスペシャリスト、福岡市職員の今村 寛さん(教育委員会 総務部長)が探ります。公務員の立場から世の中のボタンを掛け直すきっかけづくりとなる方策を一緒に考えていきましょう。

    モノ言う公務員への逆風

    先日、衆議院選挙に向けた与野党の政策論争を「バラマキ合戦のようだ」と評し、赤字国債による国家財政破綻の可能性を憂慮した現職の財務事務次官が雑誌に論文を寄稿し、個人として意見表明したことが物議を呼んでいます。

    この意見の内容については様々な見解があり、ここでその当否を争うことはしませんが、この件に関する報道等の中で気になったのは、この事務次官個人の意見表明について「けしからん」とする論調です。

    この次官の直属の上司である財務大臣や総理大臣その他閣僚、あるいは組織内の部下職員たちから、同じ組織内で働く者として一枚岩でことにあたるべき組織の歩調を乱すのはその役職、組織内での地位からしていかがなものかという指摘を受けることはあろうかと思います。

    しかし、組織の外部から「けしからん」という声を上げる方々は、政策や国家の運営は政治家が考え、議論し、国民に説明すべきことであって、一介の公務員が発言するなど分不相応でおこがましいというお立場のようで、私はここに違和感を覚えます

    政治家が政策を語ることは国民の判断を仰ぐうえで当然経るべき過程ですが、私がひとりの国民の立場から考えるに、政治家の語る言葉だけではなく、行政運営の現場で生の情報に接し、日々政策議論を重ねている公務員諸氏からも、政治的なバイアスのかかっていない全体の奉仕者の立場からの情報開示をしてもらいたいと思いますし、そのほかにもマスコミや学識経験者の客観的な意見、そして当然に政治家の意見も聞き、それらを自分たち国民自身で理解し、政治に反映させることが本当の民主的な政策決定プロセスではないかと思うのです。

    ところが公務員が政治的中立や組織への忠誠を盾に口をつぐみ、選挙にその言動が左右されやすい政治家の口を通じてしか国民に情報が開示されない。

    この状況は、正常な民主主義が機能するためには避けるべきだと思うのですが、このような状況で公務員が自らの意見表明のために口を開くことはとても難しいということを改めて感じた一件でした。

    わかっていないのは誰か

    昨年コロナ禍のなかで行われた自治体の首長選挙では、市民全員への現金給付を公約に掲げた首長が当選し、その公約の実現について議会で紛糾し、混乱をきたすという一幕もありました。

    我々市民が納めた税金の使い道を決める以上は、何のためにお金を使うのか、その目的は我々が実現したい事案か、その目的達成のために選択する手段が適切か、といった、その政策への評価の視点が必要ですが、そもそもこういうバラマキ施策は他人のお金だと思っているものが自分の懐に入るという個人的な損得勘定ととらえる向きもあり、そのおかげでこの施策そのものへの評価、判断を鈍らせ、その結果、市民はこの施策に対する評価を十分に行わず、将来世代のための理想の実現よりも自分自身の現在の利得につながるということを理由に賛成しがちですし、政治家はそれを餌に票を獲得しようとします。

    “現在の市民”が身を置く苦境が厳しいほど、利己的、短絡的な判断は顕著になり、おざなりにされるのは、今はまだ投票権のない“将来の市民”にどのようなまちを遺すかという責任感。

    現世の目先の利益よりも「ありたい姿」を優先していくことができないこれらの騒動は、民主主義の限界を示しているという見方もできるかもしれません。

    市民がアホやから

    どこの自治体も財政運営は今や待ったなしの状況。

    人口減少や経済活動の停滞による税収減と少子高齢化による社会保障費の増、さらにはこれまで公共施設整備に充ててきた起債(借金)の返済が長期的に高止まりするなかでその公共施設の老朽化により維持管理経費や施設更新経費が必要になり、三重苦、四重苦の状況が続きます。

    使えるお金には限りがあり、やりたいことのすべてを実現できない以上、施策事業の廃止縮小などにより見込まれる収入の範囲に支出を抑えることが求められますが、どの自治体もこの調整に四苦八苦しています。

    事業の廃止縮小が難しいというのは、事業をやめること、縮小することそのものができないというわけではありません。

    事業の廃止縮小は必ずその事業を所管する現場からの抵抗があります。

    現場はその事業の恩恵を受けている市民にサービスの廃止縮小を説明し、理解納得を得なければならないからです。

    市民からの反発を恐れ、現場からではなく上層部や首長からストップがかかり、改革が骨抜きになることだってあります。

    いくら自治体全体で収支の均衡を図るため、すなわち全体の利益や秩序を優先するために導き出された案だといっても、その案を現場が受け入れ、そのサービスを受けている市民に説明し、理解や納得を得ることが難しいので、そのような廃止縮小の判断を下すことが難しいということなのです。

    では、なぜ、市民は自治体財政の全体構造を理解し、個々の事業の廃止縮小の必要性、妥当性を理解することができないのでしょうか

    かつて「ベンチがアホやから野球がでけへん」と言ってマウンドを去ったプロ野球選手がいましたが、「市民がアホやから査定がでけへん」ということになるのでしょうか。

    その道のプロとして

    これらの混乱や悩みの根本原因は政治家や有権者の行政運営に対する無知、無理解、無関心が原因と思われます。

    しかし、その責めを政治家や有権者のみに負わせてよいのでしょうか。

    選挙で選ばれる市長も、それを選ぶ市民も、公務職場で仕事をしている我々公務員と同等に自治体の政策や財政の知識を持ち合わせているわけではありません。

    市民に対して行政の何たるかがわかっていないと苦言を呈するのであれば、まずは自治体運営の「中の人」としてそのイロハを理解しているはずの職員自らが、自治体運営のプロとして自分たちの自治体の財政について、あるいは政策について、市民がわかる言葉で語ることができるようになり、それをきちんと語っていくことが必要です。

    しかし私たち自治体職員自身が、きちんと市民に伝えるだけの知識情報を備え、自治体の政策や財政の仕組みを理解しているでしょうか。

    自分の住むまち、勤める自治体でよりよい自治体運営をしていこうと思うなら、首長や議会の誤った理解に基づく政策判断を避けるために、有権者である市民の行政運営リテラシー(=行政を読み解く力)の向上は必須ですが、これは主権者教育として学校で教わるものだとか、社会人として当然の素養だと他人任せにして逃げられるような問題ではないように私は思います。

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    コップの中に閉じこもっていていい!?

    我らはまちのエバンジェリスト(伝道師)

    私たち公務員の多くは、自分たちのまちを愛し、そこに暮らす市民の幸せのためにこの職に就くと決めたはずですが、そもそも、よりよい自治体運営をしていこうと思うなら市民の行政運営に対する基礎的な理解は必須で、その向上を図ることもまた我々公務員の職務、職責なのではないでしょうか。

    私たちが目指すべきは、政策、財政、将来像など、自治体運営のことを市民に知ってもらい、理解してもらい、共感してもらい、自治体と市民との「対話」の橋を架ける“まちのエバンジェリスト(伝道師)”。

    自治体職員は、自治体運営の「なかの人」としてそのイロハを理解しているはずであり、自治体運営のプロとして自分たちの自治体の財政や政策について、市民がわかる言葉で語ることができなければいけません。

    それは選ばれた者のみが担う役割ではなく、すべての自治体職員の責務であり、そのための努力を怠るべきではない、と思います。

    とはいえ、自分の仕事以外のことはきちんと勉強する暇もなく、学んで理解していても件の財務事務次官のように「けしからん」と批判を受けることを恐れて口を閉ざし貝になる方もたくさんおられます。

    この「我らはまちのエバンジェリスト(伝道師)」では、私たち公務員が“まちのエバンジェリスト(伝道師)”となるためにどんな知識や情報、視点が必要か、どんな姿勢、立場、接点であれば市民との「対話」の橋を架けていくことができるのか、について、立場を同じくする皆さんと考え、語り、互いを元気づけていくための寄稿を心掛けたいと思いますので、皆さん、よろしくお願いいたします。

    (「役所? 首長? 住民?「自治体の経営者」は誰だ《前編》」に続く)

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    今村 寛(いまむら ひろし)さんのプロフィール

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    福岡市 教育委員会 総務部長
    1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。
    また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。
    好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2021年より現職。
    著書に『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)、『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)がある。財政担当者としての経験をもとに役所や公務員について情報発信するnote「自治体財政よもやま話」を更新中。

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