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学校跡地にAI開発企業を誘致、まちづくりの新たな可能性に挑む

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「中正不易」の信条が引き寄せた「宮若版」地方創生の糸口

学校跡地にAI開発企業を誘致、まちづくりの新たな可能性に挑む

宮若市長 有吉 哲信

※下記は自治体通信 Vol.32(2021年8月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。


地域にあるリソースを活かして地方創生に取り組む自治体が多いなか、学校跡地の利活用による独自の地方創生戦略を打ち出したのが宮若市(福岡県)だ。学校跡地にAI開発を行う企業を誘致し、新たな産業による地域振興策を模索する。市長の有吉氏は、「誘致に成功したこの好機を活かし、まちづくりの新たな可能性に挑みたい」と力強く語る。人口約2万7,000人の山地に囲まれた同市が描く、まちづくりのビジョンとは。同氏に詳しく聞いた。

コロナ禍で高まる、企業の「脱・都心」を支援

―AI開発を行う企業を学校跡地に誘致したそうですね。

 はい。当市は、トヨタ自動車九州を中心とした「モノづくりのまち」として発展してきましたが、多様な産業の集積についても模索していました。そうしたなか、今回、小売りや物流事業を全国で展開し、福岡市に本社を置くトライアルホールディングス(以下、トライアル社)のAI開発部門の進出が決定しました。学校再編で廃校となった校舎が、当市と同社の共同事業により、AIの研究開発拠点として生まれ変わります。「旧吉川小学校」の校舎を改修したAIセンターは今年6月に完成し、同じく「旧宮田西中学校」のAIセンターは8月に完成予定。同社と国内外のAI主要メーカーで構成する200~300人のエンジニアが、これらの施設でアイデアを磨きながら、さまざまなAI技術を生み出す拠点になると考えています。

―学校跡地をAI開発拠点に生まれ変わらせるアイデアは、どのように生まれたのですか。

 トライアル社からの提案ということもありますが、将来を見すえたまちづくりの可能性を、あらゆる角度から検討してきたなかで発案されたものです。特に昨年はコロナ禍の影響で、「リモートワーク」が本格的に普及しました。それに伴い、「脱・都心」の機運が働く人のあいだで高まり、「ゆとりある生活を送ることができる地方で暮らす」といった考え方が、これまで以上に広がりました。そこで当市ではまず、企業の「脱・都心」を支援できないかと考えたのです。このようななか、トライアル社側から「東京以外に、AI開発の新たな拠点となる場所を探している」という相談が当市へ寄せられ、学校跡地の利活用に興味をもってくれました。じつはトライアル社は、宮若市内で5年ほど前からゴルフ場を経営しており、自然豊かな当市に魅力を感じ、候補地のひとつとして考えてくれていたようです。

―今回の誘致にどのようなことを期待していますか。

 AIという「第4次産業革命」をけん引する先端技術を、たとえば子どもたちのICT教育へ先導的に導入して、「教育先進都市」といった新たな魅力を発信できるようになるかもしれません。また、EBPMの推進にAIを活用すれば、効果的な地域振興策を次々と立案できる可能性も高まります。地方創生の「打ち手」をなかなか見出せずにいたなか、今回の誘致により、まちづくりの新たな可能性が一気に広がったと考えています。

「学校再編」を公約に掲げ、不退転の決意で取り組む

―学校跡地が企業誘致の舞台になったのは、どういった背景ですか。

 過去に「学校再編」という大きな課題に正面から取り組み、その結果生まれた「学校跡地」という地域資源の利活用についていち早く検討できたことが背景にあります。宮若市は平成18年に、「旧宮田町」と「旧若宮町」が合併して誕生し、私が初代市長に就任したのですが、少子化が急激に進む当市にとって、学校再編は喫緊の課題でした。

 財政再建という目的以外にも、私は旧宮田町の教育長として現場を見てきたからこそ、子どもたちに「多様なものの見方、考え方」を学んでもらうためには、学校教育に適正な規模が必要だという信念がありました。2回目の市長選挙の際には、不退転の決意を示すために、「学校再編」を選挙公約のひとつに掲げて臨んだほどです。

―学校再編については、保護者や地元住民からの反対があったのではありませんか。

 地域の拠点ともいえる学校がなくなることは、子育て世帯の減少や地域の衰退につながる可能性があるため、地域からは反対意見が出ました。一方で、将来日本の社会を担う子どもたちが、厳しい社会生活に適応できるだけの協調性や問題解決能力を身につけるためには、適正な規模で切磋琢磨し学べる環境が不可欠です。

 私の政治信条に、「中正不易」があります。私はつねに中立な立場で「なにが一番大切か」を考えることに努めてきました。やはり、賛否両論ある学校再編問題においては、「子どもたちの将来」を一番に考え、保護者や地元住民から大きな反対を受けても、学校再編に向けた地道な対話を重ねてきました。職員にも大変な苦労をかけたと思いますが、私の考えを理解して一緒にがんばってくれました。

学校跡地の利活用が、「協働のまちづくり」に発展

―最終的には、地元住民からの理解を得られたと。

 ええ。ただ、学校がなくなることで地域が衰退すれば、それは市長としての責任を果たしたことにはなりません。ですから、学校再編だけでなく、学校跡地の利活用まで含めて実現させ、地域に活力を取り戻すことが、市長である私の責務だと考えてきました。今回の企業誘致は、めぐりあわせという要素があったとはいえ、「中正不易」の信条と、それを理解してくれた職員や住民の団結が引き寄せた成果だと考えています。今後、この学校跡地を、まちの活性化に向けた新たな拠点とします。

―どのような活性化策を考えていますか。

 トライアル社とは昨年9月、今回の取り組みを機に、協働のまちづくりに関する連携協定を締結しました。学校跡地ではAI研究開発拠点以外にも、農業観光振興センターや地元食材を使ったレストランをオープンし、宮若産農作物のブランド化に向けて取り組みます。学校跡地以外の場所でも、新たな商業施設や温泉宿泊施設も開発する予定です。定住人口と交流人口を増やし、地域経済に好循環を生み出すまちづくりを進めます。

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コロナ禍で地方に広がる、新たな産業の呼び込み

―今後、宮若市をどのようなまちにしていきますか。

 第2次宮若市総合計画のキャッチフレーズは、「ひと・みどり・産業が輝く ふるさと宮若」です。新たな産業の創出は、自治体単体の取り組みでは非常に難しい。しかし、コロナ禍の影響でリモートワークが普及し、場所の制約を受けない働き方が可能となったいま、地方にも新たな産業を呼び込むチャンスが広がっています。当市のような小さなまちでも、現実を受け止め、いまある資源を活かすことで、AIという最先端産業を呼び込めました。このことに、社会の大きな変化を感じています。この社会の変化を積極的に取り込み、引き続き、地方創生につながるまちづくりを実現していきます。

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有吉 哲信 (ありよし てつのぶ) プロフィール
昭和21年、福岡県鞍手郡宮田町(現:宮若市)生まれ。昭和44年、福岡大学法学部法律科卒業後、宮田町役場に入庁。宮田町教育委員会教育長を務めた後、平成18年3月、宮若市長に就任。現在、4期目。