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5年連続転入超過を実現する那須塩原市のまちづくり戦略

環境政策を軸にブランド力を高め、分散型社会の受け皿となれるまちへ

環境政策を軸にブランド力を高め、分散型社会の受け皿となれるまちへ

※下記は自治体通信 Vol.55(2024年1月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

人口減少やそれに伴う地域経済の低迷に多くの自治体が悩みを深めるなか、直近の令和4年度まで5年連続転入超過*を記録している自治体がある。那須塩原市(栃木県)である。基礎自治体としてきわめて先進的な環境政策や、観光業・農業といった産業の振興政策を自治体の魅力づくりにつなげる手法が、その成果を生み出しているという。ここでは、同市市長の渡辺氏に、諸政策を推進するに至った経緯やその評価、今後の市政ビジョンなどを聞いた。

*5年連続転入超過 : 総務省住民基本台帳人口移動報告より

インタビュー
渡辺 美知太郎
那須塩原市長
渡辺 美知太郎わたなべ みちたろう
昭和57年、東京都生まれ。平成19年3月、慶應義塾大学文学部卒業。会社員を経て、平成24年12月から衆議院議員秘書を務める。平成25年7月に参議院議員選挙に当選、平成30年10月からは財務大臣政務官を務める。平成31年4月に那須塩原市長に就任。現在は、那須野ヶ原土地改良区連合理事長、那須疏水土地改良区理事長も兼務する。

強みをもつ環境政策は、まちのブランド力を高める軸

―那須塩原市は、市町村レベルではきわめて先進的な環境政策で注目されていますね。

 当市は、産出額全国2位の生乳*に代表される酪農業や高原野菜をはじめとする農業、そして自然環境を売りとする観光業を主要な産業とする関係から、気候変動に対する地域の関心は高く、環境政策には私が就任する以前から力を入れてきた歴史があります。その強みをさらに伸ばすきっかけとなったのは、先般のコロナ禍でした。

 就任1年目から突入することになったコロナ禍を受け、当時「東京一極集中の是正」や「分散型社会への移行」という社会の流れが生まれましたが、その受け皿に選ばれるには、まちとしての個性を打ち出す政策が必要だとの認識をより一層強めたのです。「人が優しい」とか「空気がおいしい」というまちなら、全国にいくらでもありますから。新幹線を使えば1時間強で東京と結ばれる当市は、かつて首都機能移転が議論された際、その候補地に浮上した経緯があります。そのポテンシャルを活かし、まちのブランド力を高めるための軸とすべきは、時流にも沿った先進的な環境政策だと考えたわけです。

―この間、環境政策では具体的にどういった成果が見られますか。

 令和元年12月に「2050年CO₂排出量実質ゼロ」を宣言したのを皮切りに、令和2年4月には市町村レベルでは全国初となる「地域気候変動適応センター」を設置し、資源や経済の地域内循環による「災害に強いまち」への取り組みを始めています。さらに、令和3年9月には、温泉排熱の利用やプラスチックごみの削減といった持続可能な観光地づくりの取り組みが評価され、環境省により全国で3例目となる「ゼロカーボンパーク」に登録されました。翌令和4年11月には、「市内酪農地区での脱炭素化」や「再生可能エネルギー電力100%の地域マイクログリッドの構築」を目指す取り組みによって、「脱炭素先行地域」にも選定されています。現在、FIT*法に基づく発電事業計画の認定ベースで算出すると、当市は消費電力のじつに7割を再生可能エネルギーでまかなえる段階にあります。エネルギーの自給自足があと一歩で実現する状況は、当市のレジリエンスの高さを表す突出した強みだと認識しています。

*産出額全国2位の生乳 : 農林水産省統計データより
*FIT : 固定価格買取制度。太陽光のような再生可能エネルギーで発電した電気を国が決めた価格で買い取るよう、電力会社に義務づけた制度

市町村レベルだからこそ、環境政策をやる意義がある

―環境政策は、ともすれば国かせいぜい県レベルの政策テーマと受け取られがちではないですか。

 確かに、11万人都市の那須塩原市がゼロカーボンを達成しても「効果は限定的ではないか」と指摘される向きがあるのは事実です。しかし、私は逆に、市町村レベルだからこそ早期に出せる効果もあると思うのです。先ほどの「電力の自給自足」も、都道府県レベルで実現しようとすれば、ハードルは相当高いものになります。また、当市の特色ある産業では、気候変動とリンクした産業振興策も可能ではないかと考えます。たとえば、地球温暖化を見据えた農作物の品種改良で新たな特産品を開発したり、ゼロカーボンによりブランド価値を高めた「ゼロカーボン乳製品」を打ち出してみたり。また、ラフティングやカヤックといった新たなアクティビティを開発することで、従来の避暑地リゾートだけではなく、暑さを楽しむ新たな観光スタイルを生み出せるかもしれません。

―市町村レベルだからこそ、具体的な社会課題とリンクさせた環境政策が打ち出せると。

 そのとおりです。何か悪影響が生じてから、その対策を考えるのが従来の環境政策のスタイルだったと思うのですが、逆にこの環境変化と上手く付き合い、新たなビジネスチャンスにつなげる発想があってもいい。気候変動対策の小さな成功事例をつくるなら、むしろ市町村レベルだからこそやる意義があるのではないでしょうか。

 環境政策や特色ある産業の振興、DX推進といった個々の政策を別個に存在させるのではなく、それらを相互に連動させることで相乗効果を生み出せれば、那須塩原市のブランド力は「次なるステージ」に引き上がります。

 そうした進化を移住定住や関係人口の創出という最終的な目標につなげようとすれば、個々の政策効果をその最終目標に収れんさせていくための、いわば「ストーリーづくり」が重要になると考えています。当市では現在、5年連続で転入超過が続いていますが、それも当市が推進するこうしたブランド戦略のひとつの中間成果と捉えています。

政策のストーリーづくりを、各方面で具体的に展開へ

―今後の市政ビジョンを聞かせてください。

 各種の政策の連携を図り、相乗効果を生み出すためのストーリーづくりを各方面で具体的に展開していきたいと考えています。その最初のチャレンジともいえるのが、令和5年9月に発表した「2050 Sustainable Vision 那須塩原~環境戦略実行宣言~」で掲げた取り組みです。

 ここで目指すのは、「ネイチャーポジティブ(生物多様性の回復)」「カーボンニュートラル(脱炭素社会の実現)」「サーキュラーエコノミー(循環社会への移行)」という環境政策の3つの柱を、相互連携のなかで同時に実現することです。

 その第一弾として、このほど当市に位置する日光国立公園と那須野ヶ原をイメージしたTシャツをアパレルブランドが製作しています。このTシャツは、裁断くずなどの100%アップサイクル生地を使用しており、サーキュラーエコノミーに寄与するものです。これを「デコ活*」の一環としてオフィスの服装改革に活用し、カーボンニュートラルの一助としてもらうのです。このTシャツの売上の一部を国立公園などの自然環境保全に充てることで、ネイチャーポジティブにも貢献するという仕組みです。今後、こうした相乗効果を狙った戦略的な取り組みを順次打ち出していきます。

*デコ活 : 脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動。環境省が推進

人々に希望を示せるような、那須塩原市でありたい

―そうした政策の先に、どのような市の未来を描いていますか。

 頻発する大災害やコロナ禍で経験した感染症の恐怖など、いまや誰もが不安を抱きながら生きていると思います。そうしたなかで私が目指すのは、那須塩原にいれば、「安心して生き延びられる」「豊かな移住生活が送れる」、そんな希望を人々に提示できるような市の未来の姿です。今後展開されるすべての政策を、究極的にはそのためのブランド構築につなげていきたいと考えています。

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