広報は住民の命を守るもの
自治体広報紙などを通じて発信される行政広報は、住民の気づきや行動を促すのに有益です。
なかでも、何より「お知らせ情報」はその核となるものです。
例えば乳がん検診の広報。広報紙の「お知らせ欄」で目にした人が受診をし、早期発見に繋がり命を救えたとしたら、広報が住民の命を救ったとも言えます。つまり「広報は住民の命を守るもの」であるのです。
三芳町(埼玉)の職員時代、私はずっとその想いを持ちながら同町の広報紙「広報みよし」を作成してきました。見た目や巻頭特集ばかりに目が向けられがちでしたが、自治体広報の本質は地味な「お知らせ欄」にあると明言できます。
ただし、手に取り、読まれなければ何も始まらないのは事実。「広報に載っている」と免罪符のように考えているようなお知らせ情報ばかりの自治体広報紙では、情報が多様化してきた現代では生き残ることができません。
その自治体でなければできない企画をし、魅力のある内容でなければ、住民はそっぽを向いてしまいます。
行政広報、自治体広報は、一方的に「伝える」だけでは住民ニーズを満たすことはできなくなりました。伝えたつもりでも住民が「知らなかった」では無意味ですし、その意図が正確に伝わらなければ余計な不審感などを住民に抱かせる原因にすらなってしまいます。
住民に寄り添い、行政が伝えたい情報をミスリードされないよう、住民に「伝わる」よう工夫することが求められているのではないでしょうか。
「布マスク2枚郵送」から見えた行政広報の課題
伝えたつもりでも伝わらない―。それは、まさに今、国民や住民を大きな不安に陥れている新型コロナウイルスの感染拡大でも、大小さまざまな形であると思います。
たとえば政府によるマスク配布。問題はしっかりと国民にその意図が「伝わっていない」ことにもあるように思います。
「布マスク2枚郵送」だけフォーカスされると「えっ!?」となりますが、その意図が少しでも伝われば、また違った見え方ができるのではないでしょうか。
そこで、なぜ布マスク2枚を郵送なのかという疑問を4つに分けて答える形のパンフレット的なものを即興で作ってみました。(下の画像)
ここでのポイントは、たくさん伝えなければならないことはありますが、客観的に見て疑問を持ちそうなことの要点を4つに絞り、Q&Aにしていることです。
小さなことですが、ユニバーサルデザインフォント(”できるだけ多くの人が利用可能であるようなデザイン”を基本コンセプトとしたユニバーサルデザインの考え方に基づいた文字フォントのこと)を使い、文字にも気を配り、読みやすく、見やすいデザインにしています。
この政策の是非はひとまず置きます。しかし、意図が少しでも伝われば、少し違った見え方ができるのではないでしょうか。
難しいことほど分かりやすく、中学生でも理解できるように紐解くことが必要です。もちろん、意図が正しく理解された上での賛否両論は、あって然るべきだと思います。
【筆者註】画像内の情報は、2020年4月2日公開のITmedia NEWS「なぜ政府は『布マスク2枚』を配るのか[芹澤隆徳,ITmedia]」を拝見して私なりにまとめたものです。また、経済産業省の浅野大介 (Daisuke Asano)さんのFBでの見解からも引用させていただきました。
住民の「関心惹起と行動変容」
行政広報の考え方を「伝える」から「伝わる」に転換することで、住民の行動変容を促すこともできます。そのことを、僕は三芳町職員時代に同町広報紙「広報みよし」の制作に携わってきたなかで、なんども経験しました。
そうした事例をいくつか紹介します。
竹間沢車人形特集
三芳町には日本に3地域しか現存しない伝統芸能「車人形」があります。
100年以上の歴史があり、受け継がれてきた伝統の灯を消すまいと地元の人たちが尽力しているのですが、それを知る住民は少なく、毎年12月に開催する公演では空席が目立っていました。
そこで「広報みよし」平成24年12月号で特集をしたところ、発行直後に行われた公演はなんと満席となりました。「大観衆の前で演じることができて感無量だ」と演者のひとりがおっしゃってくださいました。
演者は車人形の存在を周知したいが、その方法がありませんでした。この事例は、アンテナを立てることでニーズをキャッチし、住民ができない“穴”を自治体広報紙が補完したケースです。
当然、取材や撮影に住民は全面協力をしてくださいます。この特集は三芳町でなければできないもの。住民と協働で作った広報紙が、多くの目に留まり、車人形という伝統芸能を知り、公演に足を運ぶといった関心惹起から行動変容に繋がった一例です。
ホタル特集
三芳町では自然のホタルを観ることができます。以前は全く広報紙で取り上げることはなく、知る人ぞ知るものでした。
しかし、僕は「これはキラーコンテンツになり得る」と感じ、なぜホタルが舞うのかを調査し、その背景には地元の人たちの想いがあることをつかみました。
そして住民が登場し、なぜホタルが舞うのかを読者に訴求するような特集(平成25年6月号)を組んだ結果、三芳町は多い日には700人以上がホタル見物で訪れる観光スポットとなりました。
会場でホタル保存の活動資金のための募金をしているのですが、平成28年6月号で再度、ホタル特集を組んだところ、前年とは比べ物にならない寄付金が寄せられたといいます。地域の人たちの想いが広報紙を通じて届いたのだと思います。
公園特集
住民から寄せられる意見のなかで「公園の情報を知りたい」というものがありました。そこで見開き2ページだけでしたが特集をしたところ、大きな反響が得られました。
特に若者に人気のバーベキューができる公園が町内にあることを掲載したところ、今まで施設予約がほとんどなかったのが、爆発的に利用者が増え、今では予約待ちになるほどになりました。
せっかく良いものがあっても届かなければ意味がありません。素敵なラブレターも、相手に届き、読んでもらわなければ残念な結果にしかなりません。公園特集で僕がラブレターの届け先として意識した“相手”は若い人。そのため、紙面のデザインもかわいらしくしました。
しっかりとターゲティングし、「どの層に、どう刺さるのか」を意識し、イメージした結果、行政の“想い”が届き、住民に「公園に行ってみよう」という行動変容を促した、と思っています。
「オンリー1」の矜持と責務を
灯台下暗し、という言葉があります。当たり前のもの、つまらないものが、実はほかの人から見たら貴重な宝物である可能性を、どの自治体でも秘めていると僕は確信しています。
僕は東京都板橋区で生まれ育ちました。三芳町とは縁もゆかりもありません。だからこそ三芳町を多角的かつ客観的にみることができたのかもしれません。磨けば輝くダイヤの原石がゴロゴロしている―。それが、町外出身の僕が三芳町の広報担当となって感じたことです。
「うちのまちは何も魅力がない」「特産品もないし、PRができない」―。こんな嘆きを口にする自治体職員の方たちは少なくありません。しかし、一度、根本から自分たちのまちを見つめ直してみてはどうでしょうか。そこに「伝える広報」から「伝わる広報」に転換するきっかけがあるはずです。
そのまちで暮らしている住民は広報紙を選ぶことができません。広報紙は、オンリー1な存在です。こんなメディアはほかにありません。その可能性に気づき、「毎月届くのが楽しみ」と住民が思ってくれる広報紙をつくることができたら、住民と行政のコミュニケーションは飛躍的に向上するでしょう。そして、それこそが自治体広報紙の価値であり、行政広報が目指すところ、ではないでしょうか。
佐久間 智之(さくま ともゆき)さんのプロフィール
PRDESIGN JAPAN株式会社 代表取締役
中野区広報アドバイザー
元三芳町(埼玉)職員
1976年10月21日生まれ、東京都出身。ヴィジュアル系バンドを経て2002年に三芳町に入庁。独学でデザインを学び、印刷以外全て手作りで町の広報紙「広報みよし」を手掛け、広報コンクールで内閣総理大臣賞を受賞。2019年地方公務員アワード受賞。2020年2月退職。自治体の広報支援などを行うためPRDESIGN JAPAN株式会社を三芳町に設立。同年4月より中野区(東京)広報アドバイザー。自治体の職員研修講師・広報PRデザインアドバイザー、デザイナーやライター(LOCAL LETTER)として活動中。「広報はラブレター」の想いを胸に、日本を変える公務員、人、コトを写真と共に届けている。著書に「公務員1年目の仕事術」(ナツメ社)、「公務員の速効ライフハック」(学陽書房)、「パッと伝わる公務員のデザイン術」(同、Kindle版)、「公務員のデザイン大全」(同)。写真家としても金澤朋子写真集「#いいね三芳町」を出版。地域フォトグラファーやライブフォトグラファーとしても活動中。「Officeで簡単! 公務員のための『1枚デザイン』作成術」(学陽書房)を令和2年4月23日に刊行する。
<PRDESIGN JAPAN株式会社のサイト>
PRDESIGN JAPAN株式会社
https://prdesign-japan.co.jp/
<連絡先>
tsakuma@prdesign-japan.co.jp
近刊のお知らせ
佐久間さん著「Officeで簡単! 公務員のための『1枚デザイン』作成術」が学陽書房より令和2年4月23日に刊行されます。Amazonで予約受付中。
Officeで簡単! 公務員のための「1枚デザイン」作成術
~内容紹介~
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