※下記は自治体通信 Vol.55(2024年1月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
自治体がDXを推進するにあたり、「先行事例」を参考にするケースは多いだろう。そうした「先行事例」の1つとして、一部で注目されているのが鳥取県だ。平成8年にグループウェアとして導入したシステムを、今ではアジャイル開発による業務アプリ内製化のためのDXプラットフォームとして積極的に活用するなど、全庁的なDX推進の基盤にしているという。同県では、そのプラットフォームをどのように活用してDXを進めているのか。デジタル局局長の下田氏に詳細を聞いた。
[鳥取県] ■人口:53万6,556人(令和5年12月1日現在) ■世帯数:22万1,852世帯(令和5年12月1日現在) ■予算規模:5,253億円(令和5年度当初)
■面積:3,507.13km² ■概要:中国地方の北東部に位置する。山地の多い地形ながら、3つの河川の流域に平野が形成され、それぞれ鳥取市、倉吉市、米子市が流域の中心都市として発達している。独特な地形の鳥取砂丘は日本を代表する観光地。気候は比較的温暖で、気候条件に恵まれている。松葉がに、二十世紀梨、スイカ、らっきょうなど特産物も豊富。
開発に時間がかかれば、「必要性が薄まる」アプリも
―鳥取県ではDX推進に向けた取り組みが進んでいるようですね。
本県は平井知事旗振りのもと、全庁をあげてDXに取り組んできました。その中で「システムの内製化」は、1つのキーワードでした。たとえば本県は平成8年に、メールやスケジュール共有などを目的とする、いわゆるグループウェアとして『Notes/Domino』を導入しました。一般的なグループウェアとは異なり、ユーザー自身が業務に必要なシステムを自作できるのが特徴です。導入後数年はなかなか職員による内製化は浸透せず、ベンダーに委託して開発した業務アプリもありましたが、情報システム所管課がテンプレートデータベースをつくったり、専用相談窓口の設置や職員研修などに取り組んだりしました。その結果、現在『Notes/Domino』サーバ上で稼働している業務アプリは1万2,000種類以上にのぼります。今や県庁業務のDXプラットフォームといっても過言ではありません。
―なぜ、内製化を重視してきたのでしょう。
我々行政は、職員数や予算に限りがある中でも、予期せぬ自然災害や感染症拡大、多様な住民ニーズなどにスピード感をもって対応する必要があります。内製化できれば、そうした業務にもっとも詳しい担当職員が、必要なときに必要な業務ツールを、スピード感をもってアジャイル開発できます。新たな開発をベンダーに依頼すれば、予算確保や調達事務といったプロセスが必要で、業務によっては、アプリが完成する頃には「必要性が薄れた」ということになりかねません。職員によるアプリ開発の内製化は、仕事の質や住民サービスの向上につながります。内製化が県庁文化となるよう、気運の醸成に取り組んできました。
―これまで、どのような業務アプリを開発しましたか。
最近の例では、新型コロナウイルスの陽性者情報登録システムの開発です。従前は、感染者の状況を把握するために、1人あたり30~45分かけて電話で聞き取りを行い、患者の症状などを紙書類に記入していました。その書類をPDF化して情報共有し、さらに、その内容を職員が表計算ソフトに転記して集計するという非効率なアナログ作業が行われていました。1日に何百件もの電話に応対するため、当初、各部局に連日約百人規模の応援動員がかかり、県庁講堂などに集められて深夜まで作業が行われていました。そこで、まずは「電話の聞き取り」をなくすことを考え、電子申請システムを活用し、患者に自らスマホなどから情報を入力してもらう仕組みを構築しました。さらに、我々が開発したRPAを活用し、入力情報が『Notes/Domino』上のアプリに項目ごとに自動でデータとして取り込めるようにしました。
―開発の効果はいかがでしたか。
電話での聞き取りと書類にまとめる作業が激減したため、職員の動員はなくなりました。住民サービスの質を落とすことなく職員を応援動員から解放し、通常業務に戻せました。また、入力された情報がデータベース化されたことで、感染状況をリアルタイムに近い形で関係者に共有し、接触者の追跡や医療機関の紹介、パルスオキシメーターの送付といった対応も迅速にできるようになりました。こうした業務アプリを数日で構築できたのは内製化の成果です。
また、アプリの内製化は新たな開発コストをかけなくて済むというメリットもあり、自分たちが「必要だ」と思った機能を積極的に開発できた例もあります。
「業務を効率化できないか」と、多くの職員が考えるように
―どういった開発でしょう。
たとえば「事務引き継ぎシステム」があります。人事異動時における引き継ぎ書の内容や質は、担当職員ごとにばらつきがありました。事務を引き継ぐ時期は年度末の忙しい時期と重なり、引き継ぎ内容をまとめる十分な時間を取れないことも多いです。そのため「大事なことが引き継がれていない」という声も聞かれていました。そこで着目したのは引き継ぎ書作成の開始時期です。年度開始当初から日常業務の中で、前年度の引き継ぎ書の内容をベースに次年度向けの引き継ぎ書を作成できるようにすればいいのではないかと。そうすることで、「最新情報」も部署内で共有できます。それを可能とするシステムを開発したわけです。事業ごとに「業務の目的」「進め方」「経緯」「実施根拠」「抱えている課題」「関係者連絡先」などの各項目に情報を入力することで、携わっている業務の骨子が簡単にまとまり、誰でも見やすい「引き継ぎ書」が完成します。今では各部署から、「引き継ぎがスムーズになった」という感想が寄せられています。
こうしたオリジナルの業務アプリをベンダーに依頼すれば多くのコストや時間を要しますが、内製化すれば実質的にゼロコストで迅速に開発できます。
―「あれば便利」という業務アプリを、どんどん開発できると。
その通りです。ほかにも、最近では、道路占用許可申請業務を効率化するためのシステムを開発しました。これは事業者が道路工事などを行う際、自治体は道路占用の許可申請を受理し事務処理するのですが、紙書類で行われてきた手続きをデジタルで処理できる仕組みにしました(後掲『現場職員の声』参照)。長年にわたり、こうした内製化によるシステム開発の成功体験を職員が積み重ねてきたことで、多くの職員が「『Notes/Domino』で業務を効率化できないか」といった考えをもつようになり、業務変革の気運が高まってきたのだと思います。そうした積み重ねが、「1万2,000種類以上の業務アプリ開発」という実績につながっています。
しかし、単にアプリの開発環境を整備したという理由だけで、内製化が進むとは思いません。そこには、『Notes/Domino』ならではの特徴があると考えています。
運用を効率的に行えることも、内製化の動機づけに
―どのような特徴ですか。
まず、ローコードからプロコードまで幅広い開発言語に対応できる点です。本格的なプログラミングの経験がなくても、一定の研修を受ければ、アンケートのような簡単なアプリならすぐ開発できるようになります。一方、「県庁生成AIシステム」といった高度なシステムも開発できます。あらゆるシーンで、さまざまな職員が業務アプリを開発できる環境こそ、内製化には不可欠と考えています。
そのうえで、「運用自体も効率的に行える」という特徴も、新たなアプリ開発の動機づけになると考えています。
―詳しく教えてください。
『Notes/Domino』には、データベースやWebサーバ、検索など、アプリケーションが必要とする機能が標準でビルトインされています。これにより、システム上の登録内容をWebサーバ上でそのまま公開したり、ワークフローなどの実装も可能になったりします。実際に本県では、「予算要求システム」で作成した文書を、ボタン1つで県のホームページ上で公開しています。通常、Webサーバは業務システムとは別の基盤上にあり、Web公開する場合は、データをわざわざ移植する必要がありますが、各種機能が有機的に統合された『Notes/Domino』は、こうした手間をかけず効率的に運用できるのです。
「デジタル×BPR」で、DXを推進
―DX推進に向けた今後の方針を聞かせてください。
デジタル技術の導入と、業務フローや規則などの見直しを行うBPRの視点をセットにして、DXを推進していきます。たとえばAIやRPA、電子申請などの各デジタル技術にはそれぞれに特徴があり、単体で活用しても効果はありますが、それらを上手く組み合わせることで、さらに高い効果が期待できます。そのためには、システムアーキテクチャを考えることが大切であり、アプリ開発を内製化でき、さらにその組み合わせや連携のための基盤となる『Notes/Domino』はまさに、グループウェアという概念を超えたDXプラットフォームだと考えています。今後一層の有効活用策を模索していきます。
自在なシステムを内製化し、業務の負担軽減と効率化を実現
鳥取県
鳥取県土整備事務所 維持管理課 管理担当 係長
谷口 嘉隆たにぐち よしたか
「道路占用許可申請」は、県庁内だけでなく警察署への協議が必要な手続きです。そのため、申請者からの申請書類は、私たちが受付をしてから所管の警察署へ郵送もしくは持参し、数日後に警察署に行き協議回答書を受け取る負担がありました。さらに、紙の申請内容を1件ずつ手入力でデータベース化する負担もありました。そうした業務負担の軽減に向け、電子申請システムと連動する形で申請者による電子申請を可能にし、申請内容をデジタル処理する業務アプリをデジタル改革課と連携しながら開発しました。業務フローも見直した結果、私たちの手入力の負担は大幅に軽減されました。また、アプリ上で警察署との協議から回答までを行う設計とし、申請書類を警察署に送る作業が不要となったことなどから、従来は申請から許可まで約15日かかっていた審査手続きを、数日間短縮できました。現場の実情に合わせた業務アプリを、実質ゼロコストですぐに開発するのは本県の文化であり、今回の業務改革チャレンジも、これまで多くの業務アプリを内製化してきた体験が活かされていると思います。
DXを推進する業務アプリ基盤の導入②
業務アプリ開発の内製化は、自治体のDX推進を自走させる
ここまでは、『Notes/Domino』をDXプラットフォームとして活用し、業務アプリの内製化を進めている鳥取県の事例を紹介した。ここでは、同製品を提供するエイチシーエル・ジャパンの北氏を取材。自治体がDXを推進するうえで考えるべき重要なポイントなどを聞いた。
株式会社エイチシーエル・ジャパン
シニアセールスエンジニア
北 好雄きた よしお
令和元年、株式会社エイチシーエル・ジャパンに入社。『Notes/Domino』『Sametime』を担当。前職で在籍していた日本アイ・ビー・エム株式会社では、ワークスタイル変革、ユニファイドコミュニケーションの提案活動に従事し、同製品を担当する。
ベンダーが業務の課題を、把握できていないことも
―DXを推進するうえで自治体はなにを大切にすべきでしょう。
「現場職員によるボトムアップのDX」と「情報システム部門などによるトップダウンのDX」をバランスよく進めることです。両者を意識した取り組みが全庁的なDX推進につながると捉えていますが、そのために必要なのは、「業務アプリ開発の内製化」だと我々は考えています。
―それはなぜですか。
実際に業務に携わっている職員のみなさんこそ、業務の課題と改善策を正確にアプリ開発へ反映できると考えられるからです。また、アプリ開発をベンダーへ依頼しても、予算化や入札手続きに時間がかかり過ぎてしまうほか、仕様を決める際に職員にとって「痒い所に手が届く」ような細かい要件は削られることが多いのです。一方、職員の手でアプリ開発が内製化されていれば、細部の課題まで考慮した解決の仕組みを構築できるでしょう。
―どうすれば、アプリ開発の内製化を進められますか。
ポイントは2つあります。1つは、さまざまな業務を対象にできるアプリ開発の環境です。そこで大切なのは、多くの職員が日常的に利用して慣れているアプリの実行環境上に、そうした開発環境があるということです。というのも、開発環境と実行環境が分離していると、業務中に「少し手を加えればもっと便利になりそう」という思いつきを形にするのに時間がかかるため、内製化は浸透しにくくなります。
もう1つは、開発して実行する業務アプリの運用を効率的に行えるシステム環境です。開発してもその運用に手間がかかればそのアプリの効用は小さく、結局はアプリ開発が行われなくなってしまうでしょう。
こうした2つのポイントを押さえた業務アプリの開発・実行基盤が重要であり、当社が提供する『Notes/Domino』は、まさに両方の特徴を備えたプラットフォームだと捉えています。
アプリの開発・実行が、容易になる機能を実装
―詳しく教えてください。
開発の面ではまず、アプリの実行環境上に、開発できる環境を整えています。そのうえで、ローコードからプロコードまで対応でき、プログラミングの知識が豊富でない職員でもアプリの開発が可能です。かりにプロコードが必要なシステムの場合、情報システム部門の専門職員と協働することで開発も可能です。あらゆる業務を対象にアプリを開発し実行できるので、日常業務での利用ができ内製化が進みます。
もう一方の運用面では、データベース機能、Webサーバ機能、暗号化、アクセス制御、全文検索エンジンなど、アプリケーションの実行に必要なさまざまなシステム機能がワンパッケージで提供されています。たとえばデータベース機能は、システムで作成したデータを格納するために必要ですが、ワンパッケージで提供しているため、別途定義して作成する必要がないのです。また、アクセス制御の管理も、指定すれば自動で行ってくれます。
―今後の自治体への支援方針を聞かせてください。
自治体におけるあらゆる業務を対象としてアプリ開発できる『Notes/Domino』は、「業務アプリ開発・実行基盤のオールインワンパッケージ」として、自治体DXの自走をもたらすツールといえます。当社の『Notes/Domino』を通じて、自治体がDX推進で自走し、行政業務の質的向上を図れる環境づくりを支援していきたいと考えています。