スマートシティにおけるヘルスケアの展望【Vol.2 ~提供される価値と運営上の留意点~】


前編では、スマートシティの医療・健康分野において、自治体が取り組むべきことについて述べました。本編では、スマートシティの取り組みにより、ヘルスケア分野で住民や自治体にもたらされる価値と運営上の注意点について述べます。
近年の通信・デジタルテクノロジーの発展を受けて、医療・ヘルスケアを取り巻く環境は大きく変化しています。
例えば、アプリやウェアラブルデバイスによって、患者は自身の体調や症状を管理できるようになり、また、遠隔ツールの発展によって、容易に医師や薬剤師とコミュニケーションができるようになってきています。今後これらの発展の動きは患者-医療従事者間に留まらず、患者になる前の段階から関与し、ヘルスケアの枠組みを超えて“Well-Being”の向上を目的として日本の全住民的な関心事となることが想定されています。
このような予測の中で、その中心的な役割を果たすべき組織として、自治体がスマートシティの一環としてヘルスケアサービスを提供していくことが求められています。
1. スマートシティにおけるヘルスケアサービスによって提供される価値
スマートシティにおけるヘルスケア分野では、行政・医療機関などに保管されている個人のヘルスケア情報と、個人の生活から生み出される健康関連情報が有機的に統合され、データ解析を通じて付加価値を創出し、以下のような住民サービスとして還元されるというポジティブループを形成することにより、住民の健康増進ひいては健康寿命の延伸が期待されます。
【スマートシティで提供されるヘルスケアサービスの一例】
・ データに基づく予防・先制医療による発症抑制
・ 発症後のモニタリングと生活習慣改善の働き掛けによる重症化抑制
・ 予後予測の精緻化と高度な医療による重症化・要介護状態の抑制
・ 被介護者のニーズに合わせパーソナライズ化された介護サービスによる“自分らしい生活”の実現
具体的な取り組み例として、歩数データ、生体(身長・体重)データ、個人意識(アンケート等)など、匿名加工されたデータを収集分析し、健康と運動の関係性を明確化し、利用者個々人に応じた健康増進に係る情報を提供するサービスなどが展開されています。
こうした取り組みは住民に対する直接的な価値提供に留まらず、次のような自治体運営上のメリットも期待されます。

●コミュニティ意識の醸成・Well-Beingの向上
コミュニティ内においてバーチャル環境を通じたデータ共有により、住民のコミュニティ意識を醸成することが可能となり、さらに、予防医学の問題点を発見し、身体活動、栄養、Well-Beingの重要性についての新しい行動や意識を喚起することが期待されます。
●データの収集・管理の効率化
各種デジタルツール(GPS対応技術、トラッカー、アプリ)を活用し、大量の医療データが安全に収集、解析され、その結果から医療の運用プロセス、人口動態のニーズ、規制要件、患者情報について洞察を得ることが可能となり、記録管理の合理化、コスト評価のサポート、患者情報の管理への活用が期待されます。
●効率的な医療によるリソースの最適化
デジタル化された医療サービスは、適切なプライマリケアへの患者誘導による大病院への患者集中の緩和や、医療サービスそのものの効率化によって、コスト削減や効率的な医療リソースアロケーション実現が期待されます。
●医療均てん化の促進
スマートシティにおいては医療への物理的なアクセスの困難さ、医療費の負担、医療費のばらつきといった障害を取り除くとともに、医療提供者による治療内容や患者の管理方法の違いなど、医療における属人性を取り除き、それによって医療均てん化に寄与すると考えられています。
2. スマートシティのヘルスケアサービスを取り巻くステークホルダー
スマートシティを構築し、ヘルスケアサービスを発展させるためには、下記にあるような多岐に渡るステークホルダーとのパートナーシップを構築することが非常に重要です。
官民の強力なパートナーシップの中で、自治体は各ステークホルダーへの資金援助、規制遵守の支援、データ等へのアクセスパスの構築等を通じて変革を支援します。それらの支援を受けたステークホルダー間の協働により、住民サービスが充実し、より効果が発揮されることが期待できるようになります。

●住民
データ、経験、行動をコミュニティと共有することによりデータ創出の起点
●自治体、行政機関
スマートシティ全体の推進と、プラットフォームおよびエコシステムのコネクターとしての役割
●医療・介護機関
直接的な医療・介護サービスの提供、患者データの生成・収集と各ステークホルダーへの提供
●モビリティ関連企業
スマートシティの利便性向上に資するサービスの提供により、ヘルスケアへのアクセス向上などに貢献
例)病院送迎サービスなど
●ヘルスケア関連企業
生活者に近い位置づけで健康関連サービスの直接的な提供者として貢献
例)スポーツジムや健康食品サービスなど
●製薬企業・医療機器メーカー
製薬企業や医療機器メーカーが有する医療・ヘルスケア関連の専門知識、及び製品の提供を通じた貢献
●テクノロジー企業
保有するデジタル技術やネットワーク構築でスマートシティの根幹となるデータプラットフォームを提供するとともに、プラットフォーム上の安全なデータ収集、分析、解釈をサポート
3. スマートシティでヘルスケアサービスに取り組む際の留意点
スマートシティでヘルスケアサービスに取り組む地域や自治体は、下記事項に留意してヘルスケアサービスに取り組むことが望まれます。
① 多様なステークホルダーとの協調・調整
前述のように、スマートシティは多様なステークホルダーが参加するため、丁寧な協調・調整が必要となります。
また、スマートシティの推進主体も縦割りとならないよう体制の整備が重要です。特に、自治体の場合、新たにできたデジタル推進部門と、医療・介護・保健福祉を扱う部門との連携が取れずに本来の課題に向き合えない事例がありました。スマートシティの実現に向けて、自治体内部で横に連携できるよう体制を整備しておく必要があります。
② 住民への周知広報
スマートシティでICTを活用したヘルスケアサービスの仕組みが実現したとして、それを利用する住民が当該サービスを知らない場合や、利用するのを躊躇している場合は当該サービスの効果は限定的なものとなってしまいます。そのため、マーケティングの視点を取り入れ、住民への説明や周知広報に注力することが重要となります。
③ ヘルスケア関連の制度やデータの取扱いへの配慮
ヘルスケアサービスの提供にあたってはヘルスケア分野の関連法制度となる健康増進法、医療法、介護保険法、高齢者の医療の確保に関する法律、診療報酬制度、介護報酬制度等への配慮が必要となります。
特にヘルスケアサービスでは、診療情報や健診結果等の要配慮個人情報を扱うことが多いため、交通や農業等の他のスマートシティサービスと比較して、個人情報の取得についての同意や、データの匿名化等のデータの取扱いについて配慮が必要となります。
データの取扱いについては、データ活用方法や、データ取扱い主体によりますが、個人情報保護法、個人情報保護条例、次世代医療基盤法等への配慮が必要となります。
これまで国の行政機関、独立行政法人、民間事業者、自治体についてそれぞれ異なる法令が適用されていましたが、「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」による個人情報保護法の改正により自治体は2023年5月19日までに全国的な共通ルールが適用されます(国、独立行政法人等については2022年4月1日から施行)ので、状況を見極めて対応する必要があります。
また、PHR(Personal Healthcare Record)については、経済産業省・厚生労働省・総務省が2021年に取りまとめた「民間PHRを事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」(以下、「民間PHRの基本的指針」とする)へ配慮する必要があります。
④ 国のICT動向との整合性
現在国ではデータヘルス改革が進められており、オンライン資格確認等システム、電子処方箋、マイナポータルでの健診・健診情報の閲覧、マイナポータルと民間PHR事業者とのAPI連携等、保健医療情報に関わるICTの整備が進められています。
こうした国のICT動向を把握した上で、スマートシティのヘルスケアサービスで活用するシステム上の仕組みを検討しないと、国が提供するサービス・機能と重複してしまったり、国が提供するICT機能を十分に活用できずコストが高くつく恐れがあります。
⑤ システム上のセキュリティ要件への配慮
医療情報を扱うシステムについては、3省2ガイドライン(厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」、経済産業省・総務省の「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」)のセキュリティ基準を考慮する必要があります。また、住民の健康情報を扱うシステムについても「民間PHRの基本的指針」のセキュリティ基準に配慮する必要があります。
スマートシティの運営には、上記の留意点をクリアしつつ、住民データを収集、管理、統合、利用できるようなプラットフォームが不可欠となります。次回Vol.3では、具体的なプラットフォームの構造や機能についてご紹介いたします。
出典)3. スマートシティでヘルスケアに取り組む際の留意点については、以下サイトより引用
スマートシティにおけるヘルスケア|ヘルスケア|デロイト トーマツ グループ|Deloitte
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